防波堤の突端に、あぐらをかく。ジーンズ地のショートパンツ越しに、コンクリートはそっけない温度をしている。ケースからギターを取り出す。ストラップを左肩に掛けて、あぐらの膝の上にギターを抱える。
 良一が、あたしの隣に膝を抱えて座った。

「そのギター、真節小にあったやつ?」
「そうだけど」
「里帰りだな」
「そんな感傷、興味ない。あたしはこのギターしか持ってないから、これをここに連れてきた。それだけ」

 五弦を鳴らしてみる。Aの音の高さに、わずかに届かない。ペグを締める。再び鳴らして、パチリと感覚が整う。五弦を基準にして、低音の弦から順にチューニングする。

「結羽、絶対音感があるんだっけ?」
「すべての音に対して、とはいえないけど、五弦のAだけは完璧に合わせられる」

 チューニングの後の最初のストロークはいつも、Aアドナイン。ピアノで言うところの、イ長調の変化形。開放弦が多い、伸びやかさと切なさを合わせ持つ響き。
 弾き語りで初めて覚えた唄《うた》の一番目のコードがAアドナインだった。その唄は、あぐらの膝の上にギターを抱えてストリートで弾き語る少女歌手が、自分の命の意味を込めて作ったもので、Aアドナインは彼女がいちばん好きなコードらしい。

 夜の海に、ギターの音色がさらさらと渡る。ピックを使わずに、撫でるように弾いている。誰もが寝静まった真夜中に一人で弾くときは、大きな音を出さない。
 ギターと同じように、ささやくように、あたしは歌う。夜の思いを取り留めもなく語る唄を。

 夜はあたしの時間だ。まわりの誰にも、何にも邪魔をされずに、音楽に没頭できる時間。唄を書くのは夜だから、月や星や闇、ひんやりと湿った空気の匂い、曇り空に反射する車のライト、そういうものたちがいつも、あたしの唄の中にいる。

 正直な唄を書いて歌うのは、自分を傷付ける行為によく似ていて、眉毛用カミソリでのお手軽な自傷行為よりもずっと痛い。壊したいのに創るだなんてバカバカしくて、言い訳みたいな言葉を書いちゃうんだからずるくて、だけど、これしかないって思う。

 親は、あたしが左の二の腕と肩に傷を刻んでいたときには本気で怒ったけど、夜にギターを抱えて家から抜け出すようになってからは、あまりいろいろ言わない。体に傷を付けるより心の傷をえぐるほうが、マシな人間のやることなんだろうか。