カレーの材料を中心に、いろいろと買い物を済ませた後、大型スーパーに併設された全国チェーンのドーナツ店で休憩した。三人ともおやつは食べず、飲み物だけだ。

 里穂さんは島の外で暮らしたことがない。大近島の高校を卒業した後は、地元の漁協で働いて、幼なじみである夏井先生と結婚してからは専業主婦になっている。
 ファーストフード店のカフェオレには昔から憧れがあったんだと、里穂さんは笑って、おかわり自由のお手頃な味を楽しんでいる。そんなにいいものなんだろうかと、あたしは思う。

 あたしは、本土に住むようになった中学時代に、初めてファミレスに入った。ハンバーグの味に違和感があって驚いた。人工的な味だと感じた。つなぎの素材の匂いが気になった。味の濃いソースでもごまかせない違和感だった。
 島に住んでいれば、塩を振って焼くだけでおいしい魚が、毎日の食卓に上った。素材のままでおいしいのは魚介類だけじゃなくて、物々交換でいただく野菜や芋、農家からモミのまま買うお米、手作りの味噌、遠足で採ってきた山の実。

 あたしが知っている食べ物は、現代の日本のそれとは違う。フツーの日本の暮らしをしていては、おいしいと感じられるものがない。中学校の給食には、最後まで慣れなかった。ファーストフードやインスタント食品の風味と匂いも、どうしても苦手だ。

 食べなければと頑張れば頑張るほど、あたしは上手に食事ができなくなった。学校生活がガタガタに壊れていくのとも相まって、まず空腹感を忘れた。満腹感もわからなくなって、いつ何をどれだけ食べればいいのか、自分で判断がつかなくなった。
 当たり前のことが、あたしにはできない。食べるとか、眠るとか、笑うとか。

 カフェオレのカップを空にすると、三人がかりで大量の荷物を抱えて、車に戻った。 車のトランクには、クーラーボックスが載せてあった。冷蔵しないといけない食材を、里穂さんは手際よくクーラーボックスにしまい込む。

 良一は目を丸くしていた。
「クーラーボックス持参だなんて、用意がいいんですね」
 里穂さんは、何てことない様子で答えた。

「積んじょっ人、多かと思うよ。クーラーボックス。うちの場合、岡浦地区にはスーパーがなかけん、食材は一週間ぶん買いだめすると。そういうとき、やっぱりクーラーボックスがあったら便利やし、安心できるけん。ね、結羽ちゃん」
「そうですね。漁協に魚を買いに行ったりとか、釣れ過ぎた魚を急にもらったりとか、ありますし」

 良一は興味深そうに、クーラーボックスをデジカメで撮影した。スーパーや農協ストアでも、新鮮で安い地元の食品を撮影していた。そのいちいちで、里穂さんに撮影の許可を取っていた。

 里穂さんは、手をぱたぱたさせて笑った。
「わたしは写真も動画も気にせんよ。好きに撮ってくれて、よかけんね。島以外の人には珍しかろうし」

 違う、と、あたしは気付いている。島に住んでいた良一だって、自家用車に積まれたクーラーボックスや島のスーパーの品揃えが珍しいんだ。
 良一は普通の家庭で過ごしていたわけじゃない。慈愛院には、神父さまがいて、シスターが二人いて、血のつながらない兄弟姉妹が、良一を含めて六人いた。あたしにとっての島の日常と、良一が経験した暮らしでは、いろんなことが決定的に違っていた。