『はるか、今日の帰りは?』
「九時すぎ。バイトの予定だよ」
『どうする、ヒメに夕食作って欲しい?』
白米、味噌汁、卵焼きに梅干し。
そんな最高の朝ごはんを目の前に並べながらヒメムラサキは首をかしげる。
ヒメムラサキは、甲斐甲斐しく家事をはじめとした生活アシスタントをしてくれるのだ。
掃除洗濯洗い物。とりわけ、彼女は料理がうまい。
「そうだね、お願いしてもいいかな」
『その心はっ?』
「その心!?」
予想外の返しだった。
「んっと、ヒメムラサキのごはんはいつも美味しいから……です」
「いぇ~~い! さすがヒメっ」
なるほど、これで正解だったのか。
『あ、でも冷蔵庫の中、もうけっこう空っぽになってきてるから、次のお休みには買い物に連れて行ってね』
「はいはい」
『はい、は一回だよ!』
今の私は、いわゆる携帯の二台持ちをしている。
ひとつは、スマートフォン。もうひとつが姉から相続した端末(付喪神つき)だ。ヒメムラサキにできることは、ふたつ。
①携帯電話の周囲十メートル程度で実体化すること
②依り代である携帯電話のバーチャルアシスタントとして操作すること
である。
半年前に【彼女】を引き取ってからというもの、主に、ヒメムラサキには①、つまりは家事を担当してもらっている。
当初は姉の死にショックを受けていたヒメムラサキだったけれど、さすがはT.S.U.K.U.M.O.システムというべきかすっかりと私を主人として認識してくれているようだった。
長らくの一人暮らしに突如として相続したT.S.U.K.U.M.O.システムに不安ばかりがあったけれども、不思議なぐらいにヒメムラサキは私の生活に馴染んだ。
大学の授業の出席率も飛躍的にアップし、4年次まで持ち越してしまっていた一限必修もどうにか単位が取れるような気がしていた。
ナップザックを背負って、スニーカーを履く。
「それじゃあ、いってきます」
『いってらっしゃい、はるちゃん』
ひらひらとヒメムラサキは玄関で手を振る。
「うん、いってきます」
いってきます、を言う生活なんて忘れていた。
実家を出てからは、いってきますの挨拶とも神崎奇跡という存在とも疎遠だったのだ。
私は思う。
神崎奇跡はどんな顔をしてヒメムラサキと暮らしていたのだろうか。