予定外に時間が過ぎてしまったけど、雨は少し小降りになっていた。

渡河の準備をしたあたしたちは、樹に守られたジャングルの茂みから川へと向かう。

敵、来ませんように。


「弥生ちゃんは俺が担いでやっか」
「こいつは軽いから、俺が背負う。阿久津は向井を頼む」
「俺、行けるっす」
「そんな剥げた木の皮みたいな顔の奴、あんな風に流されるのがオチだぞ」
「間違いない」
「木の皮…すまねえっす……」
「おっしゃ、行ぐどおー!」


あたしとは目も合わそうとしない山根さんと向井さん。ずっと昇さんが説得してくれて、置いていくわけにはいかないからと渋々で同行を認めてもらったのだ。

昇さんは何もなかったみたいに相変わらずの調子で、失礼な冗談を言いながら朗らかに笑っていた。
この時代の人たちは、言葉だけ抜き出したらパワハラになりかねないことを当たり前に言う。

だけど、その言葉の奥に、深い、深い責任感や優しさとかがちゃんとあるのがわかるの。

義理人情ってやつかな。

すごくすごく、あったかくて、しっかりしている。
あたしも、しっかりしなきゃ。足手まといになったら、本当に置いて行かれてしまうかもしれない。


「行くぞ」
「うん」


河に入る。

あたしは昇さんにおぶさって、向井さんは阿久津さんに、そして山根さんはみんなの荷物を乗せた筏を引いて。

すぐにあたしの足は水に浸かり、あっという間に腰も隠れた。

背の高い昇さんや阿久津さんでさえ、鎖骨が見えては隠れる高さまで水がきている。


「大丈夫?流されない?」
「ああ。錘がついているからな」
「それあたしのこと?もうっ」
「ははは。心配ないから、しっかりつかまって」
「…うん」


流れに逆らわず、むしろ少し流されるようにして斜めに進む。

一番体力を消耗しない渡り方なんだって。

だけど流れてくる障害物が当たりそうになるから、のんびり流されてるわけにはいかない。


みんなは?


「あっ、筏が!」


山根さんの筏に木の葉や小枝が引っかかって、それがどんどん溜まっていた。

そのせいで流れをもろに受けて筏がどんどん先に行こうとするのを、山根さんが必死に引っ張って止めている。


「山根!なんとか担いで、筏を捨てろ!」
「おうよ!」
「無理するなよ!いよいよとなったら荷も捨てて構わん!」
「まだ米が入ってるんだぜ、絶対に捨てんさ」


山根さんが少しずつ流されながら筏との距離を詰める。

あたしたちとの距離はどんどん開いていく。

頑張って!

あたしは背中に貼りつく小枝や枯れ葉が昇さんの邪魔をしないように薙ぎ払いながら、息を飲んでその様子を見つめてた。


「ああっ!」


山根さんのほうに絡まり合った枝や葉の塊が流れていき、山根さんの首にかかって、それを取り払おうとして体をひねった山根さんは、一瞬にして濁流にのみ込まれてしまった。