「諜報機の類か」
「それはっ、スマホといって、未来の電話なんです」
「電話!?これがか?苦しい嘘だな」
「嘘じゃないです!あっ、でも昭和19年じゃ電波ないんで使えません」
「そうやって頓珍漢なことを言う。やっぱり嘘じゃないか」
「違いますっ!あと、カメラにもなるんです」
「やはり諜報機だな」
「貸してください、やってみせますから」
「駄目だ。援軍を呼ぶに違いない」
「んもう!スパイって、捕まったら喋る前に自殺するとかでしょ?あたしがもしスパイだったとしても、援軍なんか呼ばないし呼んでも来てくれないですよ。スパイなんて使い捨てでしょ?むしろ来たらそっちに殺されますよ。あたし死にたくないんで自殺とかもしないし。ただ信じてほしいだけです!」


馬乗りの男の人に必死で説明を試みる。

文字通り必死。

だって信じてもらえなきゃ、きっと最終的には殺されちゃうんだ。

唇についた泥の味が最後の晩餐なんて、ごめんだよ…


「わかった。ではどうやって使うか言え。俺が操作する」
「指紋認証だから、あたしじゃないと使えないんです」
「指紋?指か。わかった、どの指だ?切り落として使おう」
「切らないで!指、出すので切らないで!」


本気か嘘かわからないような脅し文句も、今は全く油断できない。

全部本気と思ってかからないと、本当に指を切られかねない。

心臓がドキドキする。


違うのに。

したいのは、こういうドキドキじゃないよ。


「右手の、親指を、下側の小さな長丸に押し付けてみてください」
「こうか?…おお!何だこれはっ!」


起動した!

男の人が、タイムスリップモノで過去人がよくやる反応そのままに驚くのでちょっと笑いがこみ上げてしまう。

笑っちゃだめだ、我慢我慢。


「それで、下の方の丸いアイコン、じゃない、灰色の玉みたいなのに指で触れてみてください」
「こうか?」
「あ痛っ、もうあたしの指じゃなくて大丈夫です」
「そうか…、おっ!凄いな、ファインダーがこんなに大きいのか」

ロック解除の時に使った親指をねじるように再利用されて、あたしは思わず小さく悲鳴を上げてしまった。

あたしの指じゃないとだめって言ったからなんだろうけど、スマホ知らないとそこからなんだ…

でもファインダー、とかはわかるみたい。

カメラ、詳しいのかな?


「で、どうする?レンズはどこだ?」
「えっと、レンスはファインダーの裏側にあって、写真を撮りたい方に向けて、シャッターボタンを押すだけです」
「裏側?この小さいのか!本当にこんなので撮れるのか?シャッターボタンはどこだ」
「あ、ファインダーの右側のカメラっぽい絵を触るんです」
「ふむ…」


カシャっ


「おお!景色を切り取ったように停止したぞ!何だこれは」
「撮れたんですよ。で、今のを見たいときは、カメラの印の上にある四角いとこを押してください」
「この場で現像できるだと?そんなまさか。暗室もないのに…うわっ!」


驚いてる驚いてる。

だめ、笑っちゃだめ。

この人、本当に昔の人なんだ。


「何故だ!何故こんな芸当ができる?帝国軍にだってこんな技術はないぞ!信じられん」
「だから、あたしアメリカとか関係なくって、未来の日本から来たんですってば。それ、日本製です」
「まさか…そんなことがあるはずが…」
「アメリカがこんなに進んでたら、日本もうとっくに負けてると思いません?」
「ふざけたことを抜かすな!我が大日本帝国は不敗だぞ!」
「ごめんなさいっ!」


しまった!

余計なこと言っちゃった。


「しかし…一理あるな。帝国軍にないどころか、こんなはるかに先を行くような技術を持つ国が他にあるとは思えない」
「でしょ!」


ふう。

「いいだろう。半分だけ信じてやる。その未来とやらの話をもう少し聞かせてもらおうじゃないか」


あたしから腰を上げた男の人が、ニヤリと笑ってすっと手を差し伸べてきた。

その手にあたしの泥だらけの手のひらを乗せると、ぐいと引き上げられた。

「あ、りがとうございます」
「まあ、諜報員にしては少々間抜けのようだしな。それに、筋肉もないでは、軍人とは思い難い」
「えっ」


この人、あたしのこと脂肪デブの馬鹿って言いたいの?

ちょっと酷くない?