「なんで?」
「お母さんが僕のことを覚えてた。……まあ、自分の娘を傷つけた相手を、恨んでないわけないよね」


 頼は昨日紫乃が座っていたところに腰かけ、目を閉じる。昨日の紫乃の怯えた表情を思い出し、思わずため息が出た。


「一生関わらないつもりでいたのに……再会できて、ちょっとはしゃぎすぎちゃったかな……」
「まあ、いつものお前ではなかったな」


 落ち込んでいる頼に対して、容赦ないとどめの一言だった。頼は分かりやすく肩を落とす。


「紫乃も引いてたもんなあ……」
「あの子、昔はあんなじゃなかったよな。てか、もしかしなくてもトラウマになってるんじゃね?」


 真樹の言葉に、頼は顔を上げる。真樹が頼の隣に座ると、それに合わせて頼の首が動く。


「記憶は、消したはず」
「だとしても、心の傷が消えてなかった可能性だってあるんじゃねーの? はっきりとは覚えてなくても、なんとなくそのことが嫌だ、みたいな」


 頼は目を伏せて、考え込んでしまった。そんな頼の背中を、真樹は思いっきり叩いた。


「とにかく、今さら後悔しても遅いだろ。あの子の心をもう一回開いてやる!くらい、言えないのかよ」
「無理だよ。君の予測が正しいとしたら、紫乃の心に傷を作ったのは、僕だ。僕の勝手な都合で、彼女を何度も傷つけるようなことはしたくない」