涙が止まらなかった。涙が枯れるまで泣いたのは、このときが初めてだった。


 初めて誰かを愛した。それは相手を愛しいと思うだけでなく、相手を思い出すだけで心が温まった。


 その思い出はもう、相手にはない。


 そう思うと、泣き叫ばずにはいられなかった。





「生きてるか?」


 目を開けると、星南がいた。木の根元で眠っていたらしい。


 紫乃との出会いを夢見たせいか、星南を紫乃だと勘違いしそうになった。


「あの木の小僧に聞いた。また記憶を消そうとしているらしいな」


 頼は黙ったまま首を縦に振る。


「今の頼の力では、完全に消すことは出来ないぞ。あの娘は、徐々にお前のことを思い出すだろう」
「どうすれば……」


 星南は頼の目の前に立ち、手を差し出した。その目には薄らと涙が浮かんでいる。


「私が力を貸してやる。頼が望むなら、あの娘の記憶を完全消去する協力をする」


 頼は迷わずその手を掴んだ。星南は空いた手で涙を拭った。


 二人は紫乃の部屋に行った。寝る前に泣いたのか、目元が赤く腫れている。


「……いいか?」


 星南に小声で聞かれ、頷いて答える。


 頼は紫乃の記憶を消した。


 それが完了すると、頼は脱力したように座り込んだ。


「……紫乃……」


 愛する者の名を口にし、手を握る。最後の力を振り絞り、紫乃の頬に手を添える。


 空気を読んだ星南は、部屋から姿を消していた。


「君をたくさん傷つけてしまって、ごめん。愛してるよ」


 そしてキスをすると、頼はそのまま消えてしまった。