嬉しかった。だけど、それ以上に、安心した。


 紫乃はまだ、完全に頼のことを思い出したわけではないのだと思った。


「……違うよ」


 自分の思いを押し殺し、嘘をついた。紫乃の悲しそうな表情に、胸が痛む。


「そう、ですか……」


 紫乃は俯き、目を閉じる。立ち上がって、頼を見下ろす。


「変なことを言ってごめんなさい。また明日」
「え、ちょっと……」


 頼の言葉も聞かず、走って逃げた。


 紫乃の姿は見えなくなったのに、出入り口を見つめる。


「おーい。俺が言ったこと、覚えてるかー?」


 すると、目の前に真樹の顔が現れた。


「……普通に出てきてくれるかな」


 怒る気力もなかった。


 真樹は本気で落ち込んでいるのだと、冗談が通じる状況ではないと察した。


「紫乃の記憶、もう一回消してくる」


 立ち上がった頼の手首を、咄嗟に掴んだ。だけど、頼は真樹の手から逃げる。


「どうして引き止めるんだ! 人と恋愛は出来ないって言ったのは君じゃないか!」


 頼の泣き叫ぶ声に、真樹は胸を締め付けられる。


「……だからだよ。あのときは無理だと思ってたけど、この二年のお前らを見てたら、不可能じゃないんじゃないかって思うようになってきたんだよ」


 真樹の言葉に、頼は声を殺して泣いた。