「けど親父は、その時計だけは絶対に手放そうとしなかった。売れば百万単位で金が転がり込むのに、それだけは拒否しやがったんだ」

 思い入れの強い品は手放したくない。誰だって執着する――。

 そう、執着だ。窃盗未遂事件と同じ!

 父親にとって、記念モデルは自分自身の象徴であり、分身のようなものだったから。

「でさ、俺はついにキレちまって。親父の目の前で、その時計をぶっ壊したんだ」

「……何と」

「どんなに頑丈な時計も衝撃にゃ弱いからな。床に叩き落として、踏ん付けて、蹴飛ばして……簡単に狂っちまったよ」

「むごいことを……」

 店長が引きつった顰笑(ひんしょう)で天を仰いだ。

 時計店の主として、時計の損壊は残念なのだろう。他人の腕時計にそこまで感情移入できるのも珍しい。時花は店長の奇人っぷりを改めて見せ付けられた気がした。

「親父はものすごいショックを受けてた。修理に出す気力も湧かず、どんどん衰弱した。みるみる生気を失って……あっさり死んじまったんだ。俺はそのとき、初めて気が付いた……親父の生き甲斐を、心の支えを、否定しちまったんだって……」

 学生は悔やんでいる。自分を責めている。