慌てて時花は取り繕った。
人の過去を詮索するのは、しばしば地雷を踏む。時花自身、ニートだった空白期間に触れられるのは嫌だし、店長は聞かずに採用してくれた。その優しさを改めて痛感する。
店長だってアラサーの大人だ。苦い経験の一つや二つは持っていても不思議はない。
店長はしばらく逡巡していたが、やがて観念したらしく、簡潔に身の上を語り始めた。
「以前勤めていた時計メーカーは、大企業ゆえに融通が利かない所がありました。上司と僕の反りが合わなかったのです……」
――金時課長、新商品の機能について苦情が四件、届いていますが――
――バカ時任、それっぽっち無視しろ! 少数の意見なんぞ、ただのクレーマーだ! ちまちま対応してたら割に合わないだろうが! 人員の工数を考えて働けよ!――
「……僕は、そんな空気がとても窮屈でした。少数の枝葉末節にかまける暇はなく、大多数の望む要求を優先する……それは企業としては正しいのでしょう。ですが、僕は顧客一人一人を無視できませんでした。たとえ少数でも、笑顔を曇らせくなかったのです」
少数意見だって、大切なお客様なのだから。
「それで、退職を……?」