僕は仕事柄、完璧な時計を理想に掲げていましたが、あえて壊れやすいものに情が移るという感覚は鮮烈でした。
新しい価値観を、彼女に痛感させられたのです。
……そんな彼女もまた、不完全な人間でした。本人もブレゲと同様にポンコツだったのです。時計も『類は友を呼ぶ』のかも知れません。
彼女の事務作業は失態が目立ち、勤務態度もどこか間が抜けていて、ホウレンソウも滞りがちなど、社内の評判は悪かったのです。
ある日、部品の発注ミスを上司に深夜までこき下ろされて、彼女も心が折れました。
勤労意欲を打ち砕かれ、出勤もままならなくなり、追放されるように退職したのです。
「僕も会社を辞めるから、一緒にお店を開きませんか?」
彼女を勧誘したのは、自然な流れでした。
僕もまた上司と馬が合わずクビに追い込まれたのは、知っての通りです。
あの上司……広い額と枯れた細腕が特徴の金時課長は、今でも僕らのトラウマですよ。
僕と彼女は似た者どうし、手を取り合って歩き出しました。
――こうして商店街の場末に、古物時計店『時ほぐし』が開店したのです。
お客様の時計にまつわる思いを解きほぐしたい、と願って名付けられました。