「ミュラーは『ブレゲの再来』という異名を持つ、スイスのメーカーです」
「さ、再来っ? そのあだ名だけで、あまり芳しくないですね……!」
「ミュラーはデザインが優れていました。ビザン数字を用いた文字盤や、樽型のトノー・カーベックスと呼ばれる独自のケースなど、先鋭的な外観で人気を博したのです――が」
が。
店長の笑顔が引きつった。嗤笑だろうか。これから話すミュラーの酷評に対して。
「独創性の強すぎるデザインは、部品も他のブランドと異なるため、代替が利かないという欠点が生じます。独自仕様なので壊れやすく修理しづらい、厄介なイメージですね」
「あ~……汎用性がないのはキツイですね」
「部品不足を理由に、ミュラー自身は本国以外のオーバーホールを受け付けていません」
「ええっ! オーバーホール出来ないんですか?」
「独自の設計ですからね。当店の取り扱いも少ないです。部品の確保が大変すぎて……」
店長は申し訳なさそうに頭を掻いた。
一介の技師として、故障品を満足に直せないのは不服だろう。そのせいで品数も絞らざるを得ないとなれば、経営者としても歯がゆいはずだ。
「店長は、そんなクレーマーの老紳士とどうして付き合い続けるんですか?」
「いろいろ事情があるのですよ。かのお客様とは述べ三年ほどの付き合いになりますね」