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 それからも、私は上坂のお弁当を作り続けた。

『胃袋つかむのは効果的……と』

 そう真面目な顔でつぶやいた冴子は、うちに来て私や莉奈さんと一緒に料理をするようになった。こころもち小早川先生が太ってきたのは、それと無関係ではないだろう。


 時々、上坂とは出かけたりした。上坂はいつでも優しかったけれど、私に触れることは一切しなかった。だから断じて、デートなんかではない。あくまでも受験勉強の息抜きとして、映画を見に行ったり遊園地に行ったり。予備校や模試の帰り、遅くなるときは必ず家まで送ってくれた。
 
 岡崎さんと上坂は本当に仲がいいみたいで、よく三人で話すこともあった。たまには、上坂と一緒に勉強したりもした。私のわからないことを上坂が教えてくれることもあって……この人、本当は、私より頭いいんじゃないかと思って少しばかり落ち込んだのは内緒だ。


 上坂は、受験をしなかった。

 高校を卒業したらそのままケンジさんの手掛けるプロダクションに就職して、メイクアップアーティストを目指すんだそうだ。まだお父様には承諾をもらってなかったけれど、上坂はもう家を飛び出すことなく、根気よく説得を続けている。お母様と、意外にも松井さんは、上坂の味方らしい。


 そんな上坂は、あいかわらず学校ではみんなの人気者だった。でも、女子と遊びに行くことはなくなった。遊びに行くのも登下校を一緒にするのも、相手は私だけ、になった。青石さんが暴露してくれた賭けの話を聞いていたはずのクラスメイトは、ただ、私たちを静観しているだけだった。青石さんも、私たちを遠巻きに見ているだけで、もう声をかけてくることはなかった。


 自信が欲しくて、上坂にメイクを教えてもらおうとしたこともある。けど、『美希はそのままでいい』といってメイク自体を禁止されてしまった。私だって少しは可愛くなりたいと食い下がったら、困ったように視線をそらして、だめ、と言われた。どうせ代わり映えしない、とその顔が言っているようで、ちょっと傷ついた。やっぱり、ケンジさんレベルは特別なんだ。結局私は、上坂と一緒にいても野暮ったい女子高生のままだった。


 そして。


「……私たちは、この三年間で積み重ねてきた数多くの自信と共に、今日、この学び舎を巣立ちます。そうしてこの歴史ある鷹ノ森高等学校の名に恥じぬよう、胸を張って未来へと邁進してまいります。最後になりましたが、今後ますますの鷹ノ森高等学校の発展と、ご来賓の方々を始め、校長先生、諸先生方、そして在校生の皆様のご健勝とご多幸を祈念し、卒業生の答辞といたします。卒業生代表、梶原美希」

 読み上げた答辞を校長先生に渡した後、体育館中に響く拍手の中で私はゆっくりと段を降りる。


 き、緊張した……

 噛んだらどうしようとか、階段踏み外したらカッコ悪いとか考えてて、答辞を読む間ずっと紙を持つ手が震えていた。

 無事に終わって、よかったあ。


「さすがだな、梶原」

 用意されていた席に戻ると、隣に座っていた高尾先生が拍手しながら迎えてくれた。

「伊達に学年トップを維持してたわけじゃないな。いや、堂々としたもんだ。お前を選んだ俺の目に狂いはなかった」

 高尾先生は学校の主任で、卒業式の担当者だ。こういうのって普通、生徒会の会長とかがやるんだろうけれど、肝心の会長が卒業式を目前に国外逃亡、いや、留学をしてしまったので、1年間学年トップの座を譲らなかった私にお鉢が回ってきたのだ。

「ありがとうございます」

 にっこりとそつのない笑顔を返して、私は椅子に座った。感情が顔に出ないことで、いいこともあるんだ。緊張してたこと、ばれなくてよかった……

 その後、校歌斉唱があって、卒業式は滞りなく終了した。


  ☆


 重い扉を開くと、暖かい風が強く吹き抜けた。

 何度、ランチバックを持ってこの扉を開けただろう。それも、これで最後かあ。そう思うと、古びた扉もどこか感慨深い。でも、今私の手にあるのは、筒に入れられた卒業証書だけ。

 それは、屋上の端っこで下を見ていた上坂も同じだ。


「よ」

 私に気が付いた上坂が、青い空を背にして振り向く。

 その光景に、私が初めて上坂と出逢った日を思い出した。

「卒業、おめでとう」

 私が、風にさらわれたスカートを手で押さえながら言ったら、上坂は笑った。