私は今、桜木さんにくっついて例の神谷町の物件のリノベーションについての打ち合わせに参加している。
 桜木さんは会議室のデスクの上に置かれた図面と色々なサンプル画像を見比べながら、社長と上司の板沢さんに熱弁をふるっていた。

 今回手掛けるマンションは専有面積が60平方メートル。これは2LDKにするのが一般的な広さだけれども、桜木さんが出した結論は1LDK+WIC、つまり広めの1LDKに大容量のウォークインクローゼットが付いた間取りだった。 

「あの場所であのグレード、この広さのマンションだと、購入層は富裕層の単身者か共働きで子供がいない夫婦、もしくは投資目的の資産家です。子供がいる家庭にはこの広さはやや狭いですからね。となると、高級感を出した方がいい。高収入の人達の購買意欲をくすぐるような、ハイグレード物件です」

 桜木さんの説明を、社長と板沢さんは真剣な顔をして聞いていた。
 ハイグレードな内装を施すには、当然、リノベーションにかかる費用も高くつく。万が一にも売れずに値引きすることにでもなったら、会社に与える損害も計り知れない。
 都心のマンション購買層の分析結果などを見比べながら、桜木さんの説明は30分以上も続いた。
 
「あー、緊張した」

 社長と板沢さんが会議室を出たあと、桜木さんはデスクの上に両手を伸ばし、ホッとした表情をした。私はそれが意外に思えた。

「桜木さんでも緊張するんですね?」
「そりゃあ、そうだよ」

 桜木さんは苦笑する。
 私からすると、桜木さんは自信満々に提案しているように見えたけど、実際は違うという。彼なりに色々と悩んでプレゼンの方法を考えているようだ。
 先ほどの熱弁のかいあって、社長は最終的にゴーサインを出した。頬杖をついてデスクの上に置かれた間取り図を眺めていた桜木さんは、しばらくすると私の方を向き、ニヤリとした。

「藤堂さん。社長の許可も出たから、今からリノベーションの内容を考えるんだけど、一緒にやろうか」
「リノベーションの内容? はい、やりたいです!」
「よし。じゃあ始めよう」

 桜木さんは立ち上がるとすぐ近くの戸棚を開け、中からカタログと見本帳のようなものを取り出した。
 まるで辞書のように分厚いそれは、開いてみると壁紙のサンプル集だった。白系の壁だけでもこんなにも種類があるということを、私は今日の今日まで知らなかった。その後も桜木さんは次々にカタログを持ち込んでくる。

「基本的にはデザイナーさんと考えるんだけど、話し合う前に、こちらもどんなイメージのリノベーションをしたいのかを考えておかないと、話が発散する。今回、ターゲット層はそれなりに収入のある単身者もしくは夫婦だから、俺はかっこいい感じがいいと思ったんだけど。藤堂さんはどう思う?」
「かっこいい感じ?」
「うん。例えばこんな感じ」

 桜木さんは雑誌のを捲り始め、とあるページを開いて私の前に差し出した。そこには、白と黒と銀の金属色が目を惹く、クールでスタイリッシュな雰囲気の部屋が載っていた。
 確かにこれはかっこいい。