彼女の友人・知人たちが訴えてくる「嫌なこと」の記憶が、消し去らねばならないほどたいしたものだとは私には思えない。

 そんな細々とした「嫌なこと」の記憶の一つや二つ、人間にはあって当然なのだ。

 そうした記憶を抱えて生きていくのが、人間の宿命であるはずだし、そうした経験があるからこそ人間は学習し、次の失敗を回避することができる――私は彼女にそう言い聞かせた。

 私なりに、丁重に告げたつもりの言葉は、彼女にとってはそうではなかったらしい。

 私の言葉を聞くなり、むすっと顔をゆがめた。罪の意識がこれっぽちもないということがその表情からうかがえた。


「どうして駄目なの。あの子たちだって、真剣よ。あの子たちは、あの子たちちなりに苦しんでいて、記憶を消さなきゃ前に進めないの」

 彼女は友人に肩入れするばかりだった。

「もともと俺の仕事は、一般人相手の仕事じゃないんだ。あれだけの金額が動くんだ。一般人が本当にちゃんと払ってくれるかなんて、分からない」

 言ってから、しまった、と思った。私はあわてて取り繕うとしたが、それよりも彼女の口が動く方が早かった。