◆ another side ◆


薄暗い店の中。

セツナはシルバーの手入れを怠らない。これは自分に今日与えられた仕事のひとつ。

きちんと仕事をこなすのは、マスターのため。自分のため。


「……これで終り」


最後のスプーンを手入れし終わった所で、セツナは店の入り口に目をやった。小さな物音がそちらでしたのだ。


「……ナユタ?」


今度は音も無くドアが開く。

店内に一瞬月明かりが射し込むと、静かに黒い影が入り込んできた。


「……紡(ツムグ)」


ホッと息を吐きながらセツナはそれに声をかける。最初を見誤った訳ではない。

入ってきた長身のシルエットの足元をすり抜ける様にして、もう一つ小さな丸い影。

サッと素早く店内の奥へ消えるそれをチラリと横目で確認しつつ、セツナは再び長身の影を呼んだ。


「お帰りなさい。紡」

「留守の間ご苦労様。セツナ」

「でも……。いいつけ、全部はちゃんと出来なかった」

「それは仕方ない」


クスリと影が笑う。

あまり表情を変えないセツナへ近づくと、彼女の小さな頭を優しく撫でた。


「彼女の行動は、読めるようで読めない時がありますから」

「でも零が……」

「セツナ」


黒いロングコートを着たまま、背の高い“彼”はカウンター席へ座る。

そしてセツナに紅茶を要求すると、テーブルに頬杖をつき彼女を諭すように続けた。


「過ぎた失敗は教訓として次に活かしなさい。次回活かせたなら、私は君を叱ったりしない」

「……」

「いいですね?」

「……分かった」


頷く少女に、彼は微笑んだ。


「よろしい」


――薄い唇をゆっくり弧にして。

艶持つ細長い指先が、瞳を隠しそうな黒い前髪を梳く。

その奥で、琥珀色が満足げに細んだ。