抱きすくめられる事に慣れた、なんて決してない。

自分の体がすっぽり長身に包まれて、体格差や耐性の無い他人の体温、香りを感じると頭の奥がクラクラしてくる。

拒否反応とは明らかに違う反応が、自分の内で沸き起こる。

そういうのにまだ戸惑いを感じるのだ。


「駄目ですよ、花音さん」


結城さんは囁いた。私を抱きしめたまま、内緒話するみたいに声を潜める。

長身を少し屈ませ身体を密着させて。猫がすり寄る様に頬を私の頭へくっつけた。


――花音。


その時、そう呼ばれた気がしたのは気のせいだろうか?

早鐘を打つ心臓の音に邪魔されて、よく分からない……。


――花音。何処にいるの?


「…………え?」


結城さんの唇がこめかみに触れ、吐息がかかる。そのあたたかさにビクッと大袈裟なほど反応してしまう私。心も同時に震えた。


(……なに? これ……)


見知らぬ感覚に少し恐怖を覚える。

だって結城さんは何も声を発しなかった。届いたのは吐息だけ。だとしたら、今微かに聞こえたのは誰の声だというんだろう。


「花音さん」

――花音。

「花音さん」

――花音、

「駄目だといったばかりです」

――何処にいる?


重なる声がまるで二重奏の様に。

響いて、届いて、


「……?」


訳が分からなくて。

余り身動き取れない中で、私は声のした方を見た。


「貴女って人は本当に……。なんて聞き分けのない」


見上げた結城さんの瞳はいつも以上に色が濃い。勿論、呆れと嘲りに近い色で、だ。

それをたたえたまま綺麗な顔を僅か数センチまで近づけ、結城さんは、


「ここまで手を煩わせますか……」


唇の端を引き上げて不敵に笑った。


「ならば私も、少しばかり意地悪を企みましょう」


意図が読めない呟きに、私はそもそもから疑問を感じる。

――これは私に向けられてる言葉?


(目は合ってるのに、見られてない感じが、する……?)


こんな至近距離。ピントもボヤけそうな近さで、自分がそう思うことも不思議だけど。

心臓は相変わらず騒いでいる。それが、一層激しくなる事態になったのは、直後の事だった。


「―――, ―――.」


結城さんの吐息が耳に侵入してきた。何かを囁いたらしいけど、掠れた音は不鮮明すぎて聞き取れない。