「どうしてセツナちゃんが謝るの? 全然大丈夫だから、私」
「……花音……」
きゅっと腰の辺りにしがみついてくるセツナちゃん。
顔を埋めて、彼女は小さな体を更に小さくした。
店を任されている立場上、彼女は彼女なりに思うところがあるのかもしれない。だけど、何も無かったんだし、セツナちゃんが責任を感じる理由もいまいちハッキリせず……。
「どうしたの? みんなビックリしてるよー?」
私はあっけらかんと笑って言った。藤本さん達を見ると、彼らも心配そうにこちらを見ていた。
花の香りがフッと舞い上がる。セツナちゃんのヘッドドレスについている薔薇の香りが。――彼女はそっと顔を上げた。
「ん……。ごめんなさい」
「ホラ、気を取り直して? もう少し四人で待ってようね」
結城さんが帰ってくるまで。
零さんが戻ってくるまで。
男の子にも言葉を向けて笑う。こくん、と小さな頭が頷いて、藤本さんがそっと微笑んだ。
セツナちゃんはそこでやっと表情を和らげた。
「紅茶のおかわりはいかが?」
まだ少し声にこわばりがあったけど。それはあえて考えなくてもいいか。
さりげなくいつもの雰囲気に戻すのが、ここにいる全員が安心出来る唯一の方法なのだろうから……。
「貰います!」
「では私も珈琲を」
静かな店内。穏やかな空気。
きっとすぐにここは笑顔と明るい華やかさに満たされるだろう。
――そう思っていた。
私はそれを望んで、そして信じていたのだ。
だけど、静かな店内はいつまでも静かなままで。穏やかな空気は一切乱れることはなく。
私がいる間、現状が好転することも無かった。
私は、母親と再会した迷子の男の子の、屈託無い笑顔を見ることは出来なかったのだ……。