「っな……!」
「あ。借りて来たんでしたね、実際」

 猫じゃない。私は猫じゃない……だから、

(猫を撫でるみたいに髪をいじらないでーーっ!)

 結城さんの細長い指が髪をゆっくり梳いていく。低い声は相変わらず色っぽく、私の耳と頬をギリギリで掠めていった。

 これは、結城さんの専売特許なんだろうか……? 誰にでもこんな風に……?

 もしそうだとしても、毎回こんな事されたら、馬鹿な私は彼の冗談を本気に取ってしまいそう。恋愛初級者には、上級者の“普通”は危険だ!

「ゆ、結城さん……距離ちか、近いっ!」
「ああ、失礼。つい…」

 結城さんは笑顔のまま体を離した。

 茹でタコ状態の私は彼にどんな風に捉えられてる……? 考えただけで恥ずかしい。

「こいつ、何勘違いしてんだ?」って思われてたら、とんでもなく恥じゃない……?

 結城さんの作った食事は、鯖の味噌煮にほうれん草のお浸し、具沢山のお味噌汁……等など豪華和食のフルコースだった。

 お洒落なお皿に盛り付けられた料理は、プロのお店に出してもおかしくない位の質。料理は得意分野、という言葉にも納得した。

「結城さんって、料理人?」
「まさか」
「すっごい美味しいですよ! 感激ですっ」

 夕方自宅に戻った時は、こんなに美味しいご飯にありつけるとは思ってなかった。ぼんやり考えた妄想が、ちょっと変わった形で実現されるなんて!

 結城さんは執事じゃないけど……コックには近いものがあるかも、なーんて。

「そんなに喜んでいただけるなんて……嬉しいです」

 力を込めて言う私に、結城さんは、はにかんだ笑顔を見せた。

 初めて見る顔――照れてる自分を見せない様に、少し俯いて……。なんかそれだけで、こっちはドキッとしてしまう。胸がきゅうっと詰まる感じは、恋愛のそれに似てた。

 うわ。これじゃあ余計意識しちゃうよ……。

 この部屋に来た時は緊張と戸惑いでガチガチだったのに、食事を共にして何気ない世間話をしているうちにどちらも薄れてしまい。

 挙句の果てには、相手が少しだけ見せた意外な顔にキュンとしてるとは……。

 なんとも単純だ、私って。

「またお誘いしても良いですか? 花音さんの喜ぶ顔、もっと見たいので……」
「え!……あ、はい……」

 照れる結城さんにつられ、何故か自分まで一緒に照れていた。

 お見合いに挑んだ男女が時間と共に打ち解けてく……みたいな、妙に気恥ずかしい構図が頭に浮かぶ。はたから見れば、初々しい雰囲気……? ちょっとだけ相手を意識し始めて距離と気持ちを探り合う、恋愛初期段階に見られる“少し甘い空気”。

 そんな空気を感じた気がして、私の心はふわふわ危なっかしく揺れた。

 美味しい料理とこの雰囲気にすっかりのまれていたのだ。彼の過剰な接近具合と静かな強引さが、控えめな照れ笑いで巧みに帳消しされてる事にも気付かずに……。