一つの決心を抱えつつ、私は裸足で玄関まで行った。

玄関ドアについている小さなポストを開ければ、そこには私の部屋の鍵。

予想通りの結果は苦笑を誘う。


「やっぱりね……」


眠った私を見届けた後、結城さんはこの鍵で戸締りをして、そしてポストに鍵を落としたのだ。

こういう所が、実に結城さんらしい紳士具合だった。


「こんな時ばっかり……」


鍵を手にしながら出た言葉は、自分でも少し驚きだったけど。でも、間違いない気持ちだった。

鍵がここにあるという事は、結城さんは自らこの部屋に再び入ろうとする意志がなかったという事。

当たり前だ。いや、普通はそうでなきゃいけない。

もしこの鍵を使って、彼が朝「おはようございます! 昨日はよく眠れましたかー?」なんて普通に入ってきたら、それこそ「きゃあっー! なにもそこまでしなくても!」って感じでしょう?

――だけど。

するかもしれない。って、私はちょっとだけ思ってた。結城さんならもしかして……と。

合鍵よろしく使っちゃう? みたいな。

ここまで来たら、恥ずかしいけど認めるしかない。

私は「自分は結城さんの特別なんだ」って期待してるのだ。

サラリと伝えられる口説き文句も、抱きしめてくれる腕も、触れてくる唇も。

私だから貰えるって。


一晩中そばにいてくれることを望んでいた?

何かを期待して待っていた? そうなっても良いと?


「何コレ。ずるい」


……微かな不機嫌さの原因に見当がついた。

私は、結城さんのこの当たり前の紳士さに腹を立てていて。

見知らぬ女性に感じた些細な嫉妬より、はるかに大きなもどかしい想いを持ち始めていることに気付く。


(なんで私ばっかりこんな振り回されなきゃいけないの……?)


一晩中ポストの中にあった家の鍵は、ひんやり冷たい。

私はそれを一度握りしめてから、鍵置き定位置である靴箱の上にそっと戻した……。