「すべては偶然が重なった結果ではない、という事です。人の寿命や運命は、そう容易く偶然で決められるものじゃないんですよ」
「えぇ……」
「自分がかかわった偶然で誰かの人生を変えてしまった……なんて、おこがましい考えを。フフッ、花音さんてば愚かですね、全く」
「ですね……っえ!?」
鼻で笑う結城さんに驚き、俯いていた顔を上げた。
今、思いっきり馬鹿にされた……!?
「ですが、その愚かさも人間の味。貴女の魅力のひとつ」
嘲笑消え穏やかな笑み。結城さんは微笑むと、私の頭にぽん、と掌を乗せる。
その瞬間、私の心臓は大きく跳ねて。
脳裏にはある場面が浮かんだ。
それは、あの駅で見た光景。
――駅の柱に隠れる様にしていた結城さんと女性。彼は微笑んでいた。そして、優しく彼女の髪を撫でていた……。
ほんの少しだけ見えてしまった場面が、こんなに自分の中にこびり付いているとは思わなかった。
こびり付いたシーンは、私の胸をえぐる様にジワリと浮かび上がってくる。すると、私の心の中は途端に様々な感情で騒がしくなり、目の前で喋る結城さんの声も遠く聞こえた。
「私は良いと思いますよ。それは花音さんの優しさがそうさせているのだと思いますので。でも、あまり気に病まないでくださいね?」
走馬灯みたいに。と言ったら、大袈裟かもしれない。けれど、そんな感じで頭には浮かんだ。
事故現場の白い花。行く人達の視線。聞こえてくる噂話。
そして最後に、バイト先での朋絵のさりげない行動や、田所さんの態度。言いかけていた言葉は、今の結城さんときっと同じだったんだと思う……。
「そもそも、貴女が責任を感じる事ではないのですから」
自分だけが運良く不運を避けられて命拾いした事を、人知れず喜んでしまったという罪悪感は確かにずっとあった。
私はどこかで「それが普通で悪い事ではない」と肯定してもらいたかったのかもしれない。だからこそ、結城さんのこの言葉に、田所さんとのやり取りに、救われた気がしてる。
本当なら、それで十分のはずなのだ。