「前にも言ったでしょう? あまり無防備だと、本当に誰かに攫われてしまいますよ?」

「私みたいなのを攫うモノ好きはいませんもん。平気です」

「……おや。では、私はその唯一の“モノ好き”ということになります。ライバルはいないに越したことはないので、こちらとしては助かりますけど」

「またそんな冗談を……」


私たちはお互い顔を見合わせ笑った。

盛大な苦笑いの自分と、口元を僅かに引き上げた小さな笑いの結城さん。

唇を重ねても心が重なった気分にならないのは、結城さんのこういう表情などのせいだろう。

言葉と表情。口調と行動。

時々バラバラに感じた。ここまで分からない相手を前にするのは初めてで、どうしても戸惑う。


彼の真意は、どこにあるの……?


「冗談か否かは、そのうち分かってくることかもしれませんね」

「……はは……。そうですかねぇ?」


マンションエントランスから私の部屋までのとても短い距離、結城さんは小さなコンビニの袋をわざわざ持ってくれた。

そこまでしてもらわなくても……と困る私に、彼は「他のどこへも寄り道しないように、人質です」と冗談めかして笑う。

さらりと「人質」とか言ってしまうところが、なんか結城さんだよなぁ、なんて思った。あまり結城さんの事は知らないくせに、そういうのは分かるっていうか何というか……。


「寄り道しようも何も、ココからじゃ部屋しか行くとこ無いじゃないですか」

「そんな距離でも何があるか分からない世の中でしょう? ホラ、今朝のように」

「……」


朝のエレベーターの事を言っているみたいだった。確かに“アレ”も寄り道と言えば寄り道。

それを考えながら、結城さんの言葉を私はこっそり噛みしめる。


(何があるか分からない世の中、かぁ……)


色んなシーンでそういう言葉を聞く機会はあったけど、しみじみ体感する一日になるとはまさか思わなかった。

体験の深さが、今日という日をこれまでになく濃厚にした感じ。長い一日だった……。