「結城さん?」
「こんばんは、花音さん」
「今日は一体……?」

 長身の結城さんを見上げた所で、私は不自然さに気付く。

 今、名前言った?

 私の名前……“花音”って……。

 表札には“奥村”と名字しかない。女の一人暮らしではフルネームの表札は危険だ、と友人が助言してくれたからだ。

 私は結城さんに自分の下の名を教えた覚えはなかった。つまり、彼が私の名前を知ってるのはとても不自然な訳で。

「結城さん……。何で私の名前……」
「これ、落ちてましたよココに」
「わぁっ!?」

 差し出されたのは私の学生証。い、いつの間に!?

 結城さんは自分の足元を指さした。そこにあったという事は、帰って来た時カバンから落ちたのかも。鍵が見つからなくてごそごそやってたし、私。

「花音さんは鳴桜大の学生さんなんですね」
「あ……えぇ、まあ……」
「優秀じゃないですか」

 ニッコリ微笑まれると悪い気はしない。お世辞と分かっていても、褒められるのはやっぱり嬉しいから。

 私が通う鳴桜(めいおう)大学は、ごくごく普通の大学だと自分では思う。だけど、卒業生には著名人が多くて、そう言った意味では結構有名な学校だった。

 だからという訳じゃないけど、学生証を落としたのが玄関先で良かった。外で落としてたら大変だもの。落とした学生証を悪用されたって話を聞いたことがある。

「ありがとうございました。ではこれで」
「ちょっ!……花音さん、待って!」

 サクッとお礼を言い、ドアを閉めようとした。それを結城さんが慌てて制止する。

 何ですか、一体。私お腹空いてるので、早くご飯作りたいんですけど。

 この間の事もあるので、私は一応この人を警戒していた。ニコニコ愛想はいいけれど、あの距離はいただけない。

 自慢じゃないけど、私は男の人に免疫が無い方なのだ。あまり近寄られると無駄にドキドキしてペースが乱される。

 しかも、結城さんはそこらの人より造作が綺麗すぎるので余計ダメ。