と言っても、私の声に結城さんがまともに返事をしてくれるワケなくって……。
フフッと笑われた。それだけ。
……そうだよね。やっぱり。意味深に流すのは彼のお得意技だ。
「いつものように奥にいます。ナユタ、彼女にオススメの紅茶をよろしくお願いしますね」
「はーい! かしこまりました!」
ナユタ君にそう注文して、結城さんはお店の中を進む。小さな店内にはカウンター席とテーブル席、合わせても十人も座れない。そんなこじんまりした所に、先客がひとりだけ座っていた。
グレーの帽子をかぶったお爺さん。
その人は、文庫本を読み時を過ごしていた。
「……おや? 新しいお客さんですね」
結城さんの後をついて歩く私に気付いて、お爺さんは本から顔を上げ笑いかけてくる。
私が軽く会釈で挨拶をすると、「花音さんです。藤本さん」と結城さんが答えた。
「可愛らしい方でしょう?」
「ええ。……もしかして、彼女が貴方の“大事な人”?」
「私はそう思ってるんですけどね」
藤本さんというお爺さんと結城さんが同時に私を見た。
サラッとなされる二人の話。
(だ、大事な人!?)
――今の会話で、私にどう反応しろというんだ。こ、困る……。
「ご覧の通り、道は険しいようで」
「はは。それはいい」
私が無言で俯いたので、結城さんは肩を竦め、藤本さんは穏やかに笑う。
「恋は遠回りするもんですよ。その方が成就した時の喜びが大きい……」
読みかけの本に視線を落とし、藤本さんが呟く様に言葉を零した。