「これは花音さん。珍しいですね、ここでお会いするとは」

「っう、ぉあ!?」


良く知ってる声、口調。結城さんだ。一瞬見失った人は、背後に現れた。

突然耳元でぼそりと囁かれ、私は「一体どこから出したんだ?」と言われかねない変声を出してしまった。

辺りの数人がこちらを見て、明らかに笑っている。それに対し「いや、その……これは……」と、私は一人意味無く言い訳をしようとしていた。焦るとますます行動がおかしくなってしまう……。ちょっと恥ずかしい。


「これからどちらへお出かけなんですか?」

「え。どうして」


そうためらいもなく聞かれ。結城さんへ聞き返す私。……すぐに後悔した。


「真っ直ぐ帰らずに駅にいるからですよ。だって花音さん、いつも笑えそうなくらい帰宅ルート同じじゃないですか」

「……笑えそうなって。笑ってますよね、実際」


突然現れて、失礼だ。

クスクス笑いを全く隠さない結城さんに「ふんっ」と背を向けて、歩き辛い人ごみをそそくさ進む。

結城さんは、そんな捨て台詞の私を長い脚でスイスイと追いかけてきた。


「花音さん。そのお出かけ、私もご一緒してもよろしいですか?」

「は? 結城さん、他に何か用事があるんじゃないですか? それこそ、誰かとお出かけとかっ」


(そうそう。さっきの女の人はどうしたっ?)


見てしまった事は、あえて伏せておく。

あんな意味有り気な雰囲気を出しておきながら、アッチは放って置いてコッチ……というのは、どう考えてもおかしい。

たまたま見かけたからからかいに来たというのなら、とんだ有難迷惑だっ。


「そんなものありませんよ? 仕事も、つい先程終わりましたし……」

「へぇー。……それはそれはお疲れ様です!」


人込みでもたもた、あわあわしてる私と大違いで、彼の動きはしなやかで優雅だ。必死に引き離そうとしてるのに距離は変わらず、横で飄々としてる結城さんに私はなんだか腹が立ってきた。


(あんなの、仕事なワケないじゃんっ!)


結城さんの仕事は知らないけど、あの女性は明らかに仕事絡みとは思えない。

つい先程っていつさ! と、心の中で言いながら、無言で歩く。ひたすら歩く。

この感じ……。

嘘を吐かれたみたいで、妙に居心地が悪いって……なんなんだろう。