「でも。やっぱり私には結城さんが悪い人だとは思えないし……思いたいです」
「迷ってるじゃん」

 自分を言い聞かせる様な言葉は、すぐに指摘され、笑われた。ここ数日の私の心の葛藤を知ってるのかと思う程だ。

「零さんだって、結城さんが悪い人か、肯定も否定もしないって言ったじゃないですか。分からないって」
「女をイイ様に扱うかってことに対してはな」
「え……」
「性格に関していうなら、アイツも大概だと思うね俺は。だから言ってんだろ。悪いオトコだって」
「……。零さんたちって、どうしてそんなに仲悪そうなんですか? 前に何かあったんですか?」

 つい、刺々しい言い方になってしまった。

 付き合ってる人を悪く言われても微笑んで聞いてあげられる位の度量が、私にはまだ備わっていないのだ。

 前から気になっていた疑問とはいえ、それがこんな話題に繋がっているなら、私だってあまり気分の良いモノじゃない。

 二人の仲と私と結城さんの関係は、全く関係が無いと言ってやりたかった。

「――さあな」

 私の低い声に、零さんは片眉をピクリとさせ反応した。呟く唇は、それ以上を語らない。それに、渋い顔はその時一瞬だけだった。すぐに彼は表情を緩ませ、ちょっと微笑んで。

「これだけ言ってもアイツなんだ」

 最初はどことなく寂しそうな声音にも思えたけど、それが違うのだという事は次に見せた彼の笑みで分かる。

 くく、と押し殺した笑い声。揺れる肩。

 何に対してなのか謎だけど、そこにあったのは嘲笑だった。

「分かったよ。じゃあアンタの気持ち、今ここで変えてやる」

 みつめてくる瞳と声が、胸元をスッと冷やした。

 彼の言葉は時々、突き刺さる様な鋭さがある。しかも今は、レンズ越しの冷えた瞳も相まって、刺されたうえに身体ごとがんじがらめに捕らわれているみたいだ。

 怖いから逃げたい。でもそう思う反面、零さんの放った言葉が、一体どういう意味なのか知りたいという欲求に駆られるのはどうしてだろう?

 心の奥を無理矢理開かされ、自分でも気付かずに隠し持っている感情を曝け出される感覚。好奇心とはまた違う。気持ちのいい感覚ではない。これ以上触れていたくない。それなのに、私は彼の次の言葉を待っている……。

「変えるって……?」
「俺、花音ちゃんに出会ったのは必然だって言ったよな。花音ちゃんはアイツに出会ったのは偶然だって言った。じゃあ、アイツはなんて言うんだろうな?」
「……?」
「偶然? 必然? 別にどっちでもいーよ。あの男なら場に応じて上手く言い変えるんだろうからな。でもさ。こうして話してるように、運命の出会いの定義なんて曖昧なモンだろ?」

 黙ったままの私に、零さんは楽しそうにひとり頷いていた。うんうん、と腕を組んで。

「そこで俺は一石を投じる。これは花音ちゃんのロマンチシズムを大きく揺るがせる問題だぜ? んで、ますます迷路に迷い込んだ花音ちゃんは、やがて俺にも興味を持たざるを得なくなる……。どう? スゲーだろ」
「……よく分からないんですけど……」
「ハハッ! だな! では一石。――アンタの運命の出会い、本当に偶然なのか?」
「え?……は? えっ!?」
「じゃあな~、オヤスミー」

 零さんの言葉を反芻して、その質問がいかに不思議な、それでいて妙な不自然さがあるという事にハッとさせられた時。

 すでに目の前から零さんの姿は無くなっていた。

「え、ちょっ……」

 慌てて歩道に出てみる。と、片手をヒラヒラさせてる後ろ姿。もう大分進んでいる。

「零さんっ! それってどういう意味? ねぇっ! 零さんっ!」

 大きな声は届いてるはずだ。だけど、彼が振り向く事は無かった。

 追いかける自分もいなかった。ただただ、呆然とそこに立ち尽くす事しか出来なかったのだ。

「なに? なんなの?」

 静かになった夜道に残された私の頭の中で、零さんの声がいやにクリアに響く。

――アンタの運命の出会い、本当に偶然なのか?