せっかく田所さんのおかげで解決しかけていた悩みが、再び浮上してきてしまった。

 良い具合に解釈出来出した答えを、「本当にそれは正しいのか?」と問いただされている気分になる。

 そう思うと、足が急に重くなった。ここに来るまでの、あの軽やかな感覚はどこに行ったのか?

「まさか……だよな? もー、頼むぜ花音ちゃん~」

 零さんは、見るからにどんよりしたオーラを発生させている私に、冗談っぽく言う。

 ド忘れなんて洒落にならねーぞぉ、と上から降ってくる言葉が、それこそ洒落にならない私。いっそ、本当にド忘れ出来てた方がどんなに楽か……。

「そのまさかですよ。私、結城さんの事何も知らない……」
「えっ!」

 相手の動揺は手に取る様にわかる。

 ギョッとした顔が、「それで二人は付き合ってるのか?」という意味も込められてるんだとまでハッキリ分かった。

(そんなの私が一番痛感してますよ、今……)

 ああもう。溜息吐いたら涙まで零れそう。

「聞かないの? てか、教えないの?」
「その内ちゃんと話してくれるとは言ってくれてますけど。でも私、そういう結城さんのこと信じようって決めましたから」
「……そのうち、ねぇ~」

 気の毒そうに言われると、つい強がりを言ってしまった。

……いや、これは強がりじゃなくて自分の意思を再確認ということだ。

 それとも、こんな風に考えること自体が強がりっていうのかな?

「花音ちゃんがそれでいいなら、別に構わないんだけどさ。大丈夫? 都合のいいオンナになってない?」
「ゆ、結城さんはそんな人じゃないですよっ」
「何も知らない相手に言い切れるのか?」
「じゃあ! 零さんはそうだって言うんですか? 結城さんが、その、女の人をいい様に扱う人だ……とか」
「肯定も否定もしないよ、俺は。アイツが腹の底で何考えてるのか、長い付き合いでも解らねぇ時は何度だってあるしな」
「そんな……。零さんがそう言うなら、私なんか余計に解りませんよ……」
「厄介な奴を好きになったもんだなぁ。ま、純情乙女な花音ちゃんだからこそな恋愛か」
「………」

 ポンポン、と優しく頭を撫でられても、頷ける訳が無い。

 こんなタイミングで、私は以前偶然見かけた光景を思い出していた。

 駅で、結城さんと女性が話していた時の事だ。あの時の結城さんも、こんな風に相手の頭を……。

――嫌な事を思い出したものだ。

(まさか……ね。違うよね)

 返す言葉も無い私は、ただ黙って零さんの話を聞くことしか出来なくなった。

 黙った私に、零さんは「うーん」と呟き、それから思いついたように言う。

「なぁ。花音ちゃんは運命の出会いとか信じちゃう方?」
「そりゃあ……。女の子だったら誰でも一度は」
「俺には分かんない世界だな。男ん中にもそういうのいるけど」

 細い猫っ毛をくしゃりと掻き上げ、彼はこちらに背を向けた。

 数歩ほど前へ進んだ所で再び私に向き直る。キレのある動きは、ダンスのターンの様。

 そして、零さんは高らかに言った。

「運命は、偶然か? 必然か?」