「言っとくけど。俺、別に花音ちゃんをからかおうとなんて思ってないぞ?」
「ウソばっかり。零さんは十分そうしてますっ」
「……頑固者って言われるだろ」
「……お調子者って言われてませんか?」
困った顔の零さんを、私はジトーッと見つめて言う。
ジリジリと過ぎる無言の間。
――そうして。
「参った……。俺の負け!」
ふはっ、と、まるで空気のボールを吐くみたいに呼吸して、零さんは笑った。眉尻の下がった困り顔はそのままなので、見ようによっては、すごく情けなく切ない笑いになっている。
それを見て、私もつい笑ってしまった。
皆の前では悪ぶってる様に見える人でも、こんな風に笑うとちょっと可愛く見えてしまうからおかしい。年上の男性を可愛いと表現するのは失礼かもしれないけど……。
「やっぱりいいなぁ、花音ちゃんは。好きだよ!」
「……はぁ」
「結城なんかやめて俺にしてよ」
「そういうのは困ります」
言ってる側からこの人は……。
呆れ半分あきらめ半分で荷物をまとめた。といっても、初めからたいした荷物でもないので、バッグとパンの入った袋を持ち膝の上に置いただけだけど。
私の行動に、零さんは「あれ」と声を上げた。
「帰るの? 送るよ」
「お店に。自治会長さんも、もう違う所に見回り行ったかもじゃないですか」
「この時間帯はやめとけって言っただろ? 明日にするんだな。どうせ、アイツには帰ってからいつでも会えるんだしよ。家隣りじゃん」
「忙しいみたいで、最近は朝しか会えてませんけどね」
「……ふぅーん」
「あ! でもさっき零さん、この時間は結城さんお店に居ないって言ってましたよね? 結城さんが来る時間帯ってあるんですか?」
「付き合ってるくせにそんなの俺に聞くなよ。本人に聞けば一番手っ取り早いんじゃね?」
「そーなんですけど……」
「なんだよ、煮えきらねぇなぁ」
口ごもる私に零さんの呆れ声が飛んでくる。
次の場所に行こうとしてる私より先に彼は立ち上がり、私を覗き込む感じで頭を傾けた。
呆れ声は続く。
「大体、付き合ってればお互いの行動パターンとか範囲くらい知ってんだろ? そっから考えれば?」
「………」
答える事が出来なかった。
確かに、そういう意味では、結城さんは私の事をよく知っている。バイトのシフト然り、交友関係など然り。
だけど、私はどうだろう?
結城さんはお隣さんだという事。とても紳士で、時々意地悪……。はっきり言ってその位程度と言ってしまえば、それで終わってしまうのだ。彼の事を、胸を張って“知ってる”とは言えない。
加え、最近仕事が特に忙しいらしい、という事は話していてわかっていても、肝心の仕事については……ここ数日悩んでいた通り。
そんな私が、結城さんの行動をどうやって読もうというんだ。