「……誰かいるのか?」

 窺う声音が近づいてきた。

 零さんの身体がピクリと反応するのが、腕から伝わってくる。フラフラ思考が彷徨っていた私も、そこで一気に現実に戻った気がした。

 緊張。怖かった気持ちが再び湧き上がってくる。

「――零? なんだお前か。何してるんだ、そんな所で」
「何って。見ればわかるだろ? イイコト」

 どうやら二人は知り合いのよう。

 零さんも、軽い口調で冗談にしては笑えない事をサラッと言っている。

 それなのに? と、疑問ひとつ。腕の力と緊張が抜けないのが少し気になる。

「ほぉ? そりゃ、イイ事は結構だが……。あまり荒らすのは感心せんぞ。特にここらではな」
「ハイハイ。オッサンの仕事を増やす様な事はしねーから安心しなよ」
「ぜひ、そうしてくれ。面倒事は困るんでね。お叱りを受けるのはいつもコッチなんだ」
「そりゃご苦労様。……なぁ、もういいだろ? 彼女恥ずかしがり屋なもんで」


 ふわん、と零さんが髪を撫でてきた。ゆっくりとした指運びが結城さんと重なる。

 優しく、甘ったるい感じ。

 それに思わず身を縮めれば、ふっと上で笑う気配がして……。わざとらしいリップ音とともに額にキスを落とされた。

 ――何してんだ、この人はっっ!!

「分かった分かった。じゃあな」

 声の雰囲気で、相手が背を向けたのが分かる。その時に呟かれた言葉が微かに耳に入ってきて、私は「ん?」と思った。

「……可哀想に。零に捕まるとはな……」