「はいっ!? つ、付き合えばいいって……」
「貴女は、私から触れられる事に対して正当な理由をつけたいのでしょう? その条件が“恋人でなければ”……というのなら、そうするべきでは?」
「ち、ちがっ……! そういう意味じゃ!」
「もう少しゆっくりでもいいかと思っていましたが……。意外に積極的なんですね、花音さんって」

 結城さんがクスッと笑う。彼の一瞬の笑いは、まるで「仕方のない人ですねぇ」とでも言いたげ。私の目は、思わず真ん丸になった。

 意外に積極的!?

 それだけは結城さんに言われたくないっ。そっちなんか、意外過ぎ&度が過ぎる積極性のくせにっ!

「……違いますってば! 私が、触られる事に理由をつけたいんじゃなく、結城さんが、触る理由を作りたいだけですよね!?」

 危ない。危ない危ない!

 結城さんは顔だけじゃなく頭も良い。ついでに言うなら、口も上手い。私の「付き合ってもいないのにどうしてこんな事をするのか」という疑問を、都合良く根本から変えようとしてる。

 これじゃあ、私が「触って欲しい」と願ってるみたいじゃないの!

 その手に乗るかーっ!

「……ほう」

 結城さんがそう感心げな声を上げたところで、誰も降りず乗らずのエレベーターのドアが、静かに閉る。行き先を指定されないエレベーターは、その場で次の指示を大人しく待ち始めた。すぐにモーター音が消え、小さな空間は静まり返った密室に。

 唾を飲み込む音すら聞こえそうだった。

 目の前の結城さんは相変わらず至近距離で、落ち着く暇を与えてくれない。

(早くボタンを押してドアを開いて、行かなきゃ。急がなきゃ……更に遅れる……)

 いや。ていうより、ここから逃げないと――。

 分かっているのに、体が言うことを聞いてくれなかった。