さっき噂していた人の事だ。察するに、お目当ての男性店員で、彼女らにとってはパン以上にお目にかかりたい存在。

やっぱり、女子の心が逸るのは、美味しいものと可愛いもの、それから素敵な恋の予感。ってところかな?


(では、いざ店内へ!)


カウベルの音が鳴る木製のドアを開くと、焼き立てのパンの香りにふわっと包まれる。

思わず大きく息を吸った私。

あーこれ。この幸福感!

何で焼き立てのパンの匂いって、こんな幸せな気分になるんだろう?

朋絵が言っていたように、そのお店のパンはどれも美味しそうで、食べきれる一つ二つを選ぶのにはとても迷ってしまった。

パン好きには本当、こういうお店は誘惑だらけだ。


結局、家での朝食用に少し多めにトレーに選んで、お持ち帰り分とすぐ食べる分に。

それでも多かった? ついつい欲張ってしまった……。そうだ、結城さんにおすそ分けしよう。

頼んだカフェオレを席で待つ間、私は携帯をいじりながら今夜を想像する。


(良いよね? 少し位、会いに行っても。邪魔じゃないよね?)


朝の数分だけじゃ、寂しさが募る。

数分のキスでそれを埋めても、足りないってもう一人の自分が言ってる。

素直に身一つで会いに行けないのは情けないとは思うけど、そういうのは後回しにして……


彼に会いたい。

一秒でも長く。

そう思う。