「本当に、今日はどうしたんでしょうねぇ?」

 すぐ背後で低い声がして、私は驚きに跳ねてしまった。馬鹿みたいに反応した私の肩に、結城さんは手をさりげなく乗せ、更には長身を折り顔を近付けてくる。

「ね? 花音さん?」
「は、はいっ……!?」

 今にも背後から抱きすくめられそう。その相変わらずな至近距離に、強張る身体は再びボタンを押す事も忘れてた。

 私はその場で固まる。ドアも開いたまま固まる。

「花音さんは、予定が狂うのはお嫌いの様ですね」

 クスッと漏らされた笑いは、どこかからかう様相で。耳元の低音で互いの距離が測れるだけに、多少の反論も面と向かっては出来る訳がなかった。うつむき加減で、もごもごと喋る私。

「普通は嫌なもんです」
「私は好きな方なんですけど……」
「結城さんだけですよ、そんなの」
「そうですか……? 土壇場で裏切られたのを、奇計・謀略で覆すのって結構楽しいものですが」
「……。結城さんだけですよ……そんなの」

 ただの“予定が狂うのは嫌だ話”から、内容が大分ハードな展開を見せようとしているのですが……?

 裏切られ……だの、謀略で覆す……だの、結城さんはいちいち言葉のチョイスがおっかない。しかも最終的には楽しんじゃうの?え。それってどんな日常――??

「でもね、花音さん。予定というのはあくまで未決定事項ですから。《その時》にならないと何事も分かりません。そうでしょう?」

 結城さんの細長い指先が軽くボタンを叩いた。すると、素直にドアを閉めたエレベーターはすんなりと下降を始める。

「今度はノンストップで行ってくれると良いんですけど」

 笑う結城さんに、私は頷きを返した。

――本当に。

 バス二本見逃しは、ちょっと勘弁してほしい……。許せるのは一本までだ。

狂った予定を楽しめる結城さんとは違う私的には。