「花音が結城さんを見間違う訳ないじゃん! いや~足速いね結城さんは! コンパスの差かなぁ?」
まだ息切れしてる。運動苦手の朋絵は、それでもニコニコ笑ってた。彼女は、私の見間違いだとは端から思っていなかった。
ありがとう、と心の中で私は呟く。さり気ないことがすごく嬉しい。
「ところでさ。喉乾いちゃたんだけど……。どこかでお茶しない? とりあえず今日は別のとこで!」
「そうだね。それもごめん。案内するって言っときながら……」
「いいって! あのおじさんも言ってたじゃん? 迷うんだって。面白い経験したし、それはそれでラッキーだよ」
「朋絵は本当にポジティブだね。うん、ありがと。そう言ってくれると助かる」
「今度は結城さんに連れてってもらう? 私早く会ってみたいなぁ!」
「あ。その手もあったか。だったら絶対迷わないね」
「ナイスアイデア~」
笑った所で横断歩道が青になった。
ちょうど私達がさっき渡った信号。抑揚のない電子メロディーに促され、歩行者が横断を始める。
私と朋絵は、渡らずにそのまま駅方面へ向かった。
『行きはよいよい 帰りは……』
頭の中で廻る童謡は、電子メロディーが途切れた所で一緒に止まる。
思わず振り返ってしまった私。
来た道を見れば、多くの人が忙しなく歩く街の大通り。
あの路地裏とはまるで別世界だ。
その別世界で最後に私に向かって挨拶してきたあの男性が、今更になってなんだかとても不思議な存在に思え……。
私は少しだけ怖い気がした。