「釣りの話は……まあひとまず置いておくとして」

 ドアが閉まり、再び狭い空間で二人きりになる気まずさをごまかしたい私は、チラリと腕時計を見た後、結城さんに目を向けた。

 目が合うと結城さんは柔らかく笑う。

 ダークスーツの色合いと彼の今の笑みが、何だか凄くアンバランスな気がして、私は妙な気分になった。強い闇色と穏やかな静か色が、仲良く混在してるみたい……?

「……結城さんも、お仕事なんですね」
「ええ。急な案件でして」

 身長の高い結城さんには、こういうビシッとしたダークスーツが良く似合っている。だけど、なんだろう……今日のその静穏とした立ち姿には、ある種の凄みが隠れているというか、とても雰囲気があるというか……。

 そう。例えるならば、“畏怖”。まさにそんな感じ。今までとは少し違う空気……なんか怖い。だからこそなのか、この穏やかな笑顔が、余計に彼の不思議な雰囲気を際立たせている。アンバランスを強調してる。

「……ど、どんなお仕事してるんですか? “案件”なんて言葉、すごいデキル人の仕事って感じですよ」
「ふふっ。そうですか? そんな大層な事はしてませんけどね」

 がくん、と小さな箱に振動。エレベーターは、また止まる。一拍置いてドアが開くと、私は思わず声を大きくしてしまった。

「えっ!? またっ?」

 誰もいないフロアー。すぐに押したボタンに反抗するかの如く、やっぱり閉まらないドア。次に私から出たのは、文句でも疑問でもなく、ただ溜息だった。

 本当に。何で今日に限って……。

 腕時計で時間を確認すれば、いつもより進んでいる時刻。当たり前だ。ロスタイムが多過ぎる。これじゃあ、いつも乗ってるバスに間に合わない。遅刻にはならないけど、一、二本遅らせれば、バイト先に到着するのは十分前とか…そんなギリギリな時間帯になってしまうのだ。

 いつも余裕を持って出勤してる自分にとって、それは、ちょっと精神的に焦りを感じさせられる事だった。