「ならば、一度大通りに戻って、また初めからやり直す方がいい。迷ってるままこの辺をうろつけば、どんどん深みにハマるよ」


中年男性は小脇に抱えたセカンドバッグを大切そうに抱え直した。皮のそれは随分と使い込まれている様で、落ち着いた飴色になっている。

それとは反して留め具の金色が、男性の太く節ばった指にはまる指輪と同じく、やたらキラキラ輝きを放っているのが妙に目に留まった。


「え。そんなにこの辺って迷いやすいんだ?」

「表の通りとはワケが違うからねぇ」


くつくつと笑う男は、肩を微かに揺らす。

目深に帽子をかぶったまま、その顔を表通りの方へ向け「本当。一本入っただけなのにな」と呟いた。


「一度来た事があるなら、いつでもまた行けるから。まぁ、焦らさんな」


身長百五十センチの朋絵より小さな男。小太りにハンチング帽、セカンドバッグなんて、イメージ的に競馬場か競輪場に居そうなオジサンだ。

さして珍しい風貌ではないのに、こんな路地裏にいるからなのか、何だかちょっと気味悪さがある。

その男性が言った言葉に、私は引っ掛かりを感じた。

……どこかで聞いた事ある様な……?


「そろそろ日も陰る。今日は諦める事をお勧めするよ。普通の人間は夜この辺りを歩くもんじゃない」

「それって、オカルトチックな意味合いで!?」


朋絵が楽しそうに目を輝かせた。

道に迷って目当てのカフェに行けないなんて、彼女にとってはちっぽけな事なんだろう。

朋絵の事だから、ならばまた別の日にすればいいかとすぐに気持ちを切り替えられたのかもしれない。

それよりも今は、男の意味深な言葉に興味があるみたい。そういえば、最近ミステリー研究会とかいうサークルに入ったって言ってたっけ。