「花音ちゃん? どうした?」

「いえ別に」

「唇、どうかした?」

「えっ?」


突然、田所さんの質問が思わぬところへ飛んだ。指で口元を指し示されて、私はそこでようやく気付いた。無意識に下唇をなぞっていた事を……。


「何でもっ……! これは、ちょっと昨日切っちゃったもんだから!」

「あー、分かる。唇切るとしばらく違和感残るよなぁ。んで、無意識にやっちゃうんだよな」

「?」

「違和感気になって舌でなぞったりさぁ。アレ、“舐めときゃ治る”を本能的に実行してんのかね?」

「っ!?」


――痛かったでしょう?花音さん


刹那に思い出す、耳奥に響いた低い声。

昨夜の秘密。


――でも大丈夫ですよ。全部消してあげますから……。痛みも、傷も


彼は嘘を言わなかった。

本当に全部消えてしまった。

鉄の味する血も、じりじりする痛みも、みんな綺麗に流されてしまったのだ。

そう。熱い吐息と甘い舌で。


(……でもそれは!)


「な、ななな何言ってんですかっ! 田所さん、おかしいんじゃないですかーーーっ!?」

「え!? 何? なんか俺、ヤバい事言った……!?」


(絶っ対に、誰にも言えない秘密なの!)


翻弄されて酔いすぎて、キスで気を失いかけたとか……普通じゃないじゃんっ!!

私どんだけ結城さん好きなのよ!?

知らなかった自分の一面、貪欲さに呆れてしまう。


――乙女妄想モード、なんて朋絵の事言ってる場合じゃない。こんなの、よっぽど自分の方が……!


ああもう! 恥ずかしさに叫びたい気分だわ!