(眠れなかった……)

 睡眠不足の目を擦りながら、私は玄関で身支度の最終チェック。

 姿見を覗くと、朝から妙に疲れ顔の自分がこちらを見ていた。

 うっすら残る(くま)は、あらゆる方法を駆使して大分薄くなったけど、この疲れた顔はこれからアルバイトに向かう女子大生の朝とは思えない程酷い感じで……。

(困る。本当に困るっ!)

 寝不足がたたっての疲労度増が一番身体にはキツイし、何よりお肌に良くない。おでこにポツリと出現してしまった吹き出物を再度確認した私は、小さく溜息をついた。

 ……いや。これもそうなんだけど、特化して肌荒れに困ってるって訳じゃないんだよね……。

 そう。実の所、困ってる原因の大半は、お気に入りのリップグロスを塗った自分の唇だったりする。

 もともと化粧っ気なんかないからメイクは必要最低限なんだけど、しかし、だからこそ唯一こだわる(?)このリップグロスこそが、今日はやたら強調を主張してるみたいで。

 寝不足で酷い顔なのに、唇だけは血色良く艶感アリって……どうなのよ?

(塗らなきゃ、本当に見るに堪えない感じだったからつけたものの……)

 ただでさえ、昨日の夜から“あの出来事”を思い出しちゃってしょうがないっていうのに、こんな自分で自分を追い込んでどうすんだ……私ってば。
  考えたってしょうがない。もう済んでしまった事なんだし、キスの一つや二つ……事故だと思って流してしまえ!

――何度もそんな結論に達したものの、でも、そう簡単に割り切れないのも事実。だって、恋人でもないのにキスしちゃうとかって……普通はないでしょ!

 動揺は昨夜からずっと続いてる。だから私、かなり困っているのだ。

(し、自然体でいかなきゃ……。とにかく! 結城さんとはなるべく接触が無い様気を付けて……)

 よし、と気合いを入れ玄関を出た私。廊下をのんびり歩いていた時だった。ガチャッ、と背後でドアが開く音がして……

「あっ。かの――」
「っ!」

 明らかに奥の部屋から聞こえた声を、最後まで聞き、更には返事をするなんて……するわけない!

 声に気付かないフリで歩調を速め、私は一目散にエレベーターを目指した。玄関に鍵をかけている音が耳に届くと焦りはぐっと加速する。

「やばっ……」

 どうやら結城さんも出かけるらしい。ならば、尚更ここでエレベーターをご一緒する訳には……!

 運よく止まっていたエレベーターに身体を滑り込ませて、即、“閉”ボタンを連打した。

 速く閉まって! 速く速くはやくーっ!!