「しかし、花音さん」

「……は、はい」

「言葉には、人には分からない力があるものですよ。この世界にも《言霊》という単語があるでしょう?」

「ことだま……。はぁ……」

「“はぁ……”じゃ、ありません」


ソファーのスプリングが軋む音を立てた。

厳しい表情を間近に寄せて、結城さんは人差し指で強引に私の顎を上向かせる。

勢いに、下唇にはまた強い痛みが走り、思わず眉根を寄せた。痛みが広がらない様にと無意識に唇をキュッと結ぶ。


「忘れないでくださいよ。花音さんが全てを許して良いのは、私だけなのだという事。他の者に気を許すなどとんでもない。特にあの男……零だけには絶対に!」

「……」

「いいですね? 花音さん」


チリチリしてる傷の痛みが胸を騒がす。結城さんの低い言葉は、全身を押しつける様なすさまじい圧をかけてきた。

ざわざわと感じるこの胸の疼きは何だろう?

痛みがいつの間にか甘さに変わる様な、変な気分。この一瞬、一ミリも動けない。

頷く事も出来ずに、私の目にはどういうわけか勝手に涙が滲んできた。

怖いけど怖くない。

痛いけど甘い。

目の前の男が放つ深く濃い支配的な雰囲気に、どんどんと飲み込まれていくのが分かった。


「――約束、ですよ?」


頬を伝った一粒の涙に、結城さんは満足げに微笑んでいた。

私の唇についた血を舐め、傷のある下唇を甘噛みし、吐息の熱さを唇に乗せた後、ゆっくりと全部重ね絡ませて。

痛みを心地好さに変えていく。

キスの途中……息継ぎの数秒、結城さんが私の名前を初めて呼び捨てで「花音」と呟いた気がしたけど……。

それは、甘ったるさに溺れていた私の空耳だったのかもしれない……。