「いえ! 回覧板届けに来ただけですからっ! それに……」
「ご心配には及びません」
咄嗟に逃げる様後ずさった私を、これまた咄嗟に結城さんの腕が囲む。片手が背中に回り、退路を塞がれてしまった。
おまけに、そんな事されたものだから結城さんの身体はより私の目の前に近づいて……。
鍛えられ均整のとれた身体が目前に迫り、私は心の中で「ぅわあああっ」と叫んでいた。
でも口は結んで、決して声に出しちゃわない様に。
ところが……。
――みゅにゃっ!
叫びを上手く消したつもりでも、身体にはその分力が籠っていたらしい。腕の中で変な鳴き声がした。
忘れてた! 猫!
「ああぁ! ごめんっ」
「何処のものか分からないから、探しに行こうとしてたのでしょう?」
私達を覗き込むようにして結城さんは微笑んだ。そして、子猫をつまみ上げると、
「うちのものがご迷惑をお掛けしました」
肩を竦めて見せる。
「え!? 結城さんちの猫だったんですか!?」
「えぇ」
「あれ? でも以前お邪魔した時には……」
「引っ越して来たばかりで片付けもままならぬ状態でしたからね。他に預けていたんです」
「……あ、そうなんですか……?」
このモデルルームみたいな部屋は、以前来た時と何ら変わらず整然としている。
結城さんの部屋が片付けままならぬ状態だと言うのなら、我が家は夜逃げ直前か空き巣に入られた後か……。苦笑も悲しい。
「預けてと言っても、そもそもが大人しくしている様な性格ではないので……」
ソファーに飛び乗って身を丸くした子猫を横目で見、結城さんは言いかけた。言いかけて、溜息で濁す。
「まぁ……こればかりはどうも……ね」
脱走は二度三度という訳じゃないってこと?
居ないことに気付きながらも悠々とシャワーを浴びてる辺り、焦って探し回るという時期はとうに過ぎてしまったみたい。
結城さんの困り顔がそれを物語っていた。