「ごめん、迷惑だった?」


とりあえずのこと、勢いよくお酒を飲んで寝てしまった両親を寝室へ連れて行って寝かせてから、リビングの片付けをしてシュンをお風呂に入れた。

そのあと急いでお風呂に入った私はスキンケアを済ませて髪の毛を乾かして、自分の部屋に急いで戻った。

いろいろ、バレたらまずいものが部屋にはあるかもしれないのだ。


「いや迷惑というか、驚いた、シュンが泊まってくなんてさ、何年ぶり?」
「小さい頃はよく泊まりに来てたけど」
「小学生の頃は、でしょ」


ハルカとシュンが手を繋いでいるのを目撃してから、それはピタリとなくなった。そのタイミングで、私たち少しだけ距離が出来ていたこと、わたし本当は気づいてたよ。なんて、口に出しては絶対に、言わないけれど。


「布団敷くの手伝って」
「うん、当たり前」


クローゼットの1番奥から客布団を取り出す。ハルカもよくわたしの家に泊まりに来ていて、シュンとハルカのためにわざわざ新しく布団を買った日のことを思い出す。うちの両親はふたりのことを本当の子供のように思っていた。

わたしがベット、シュンは横に敷いた敷布団。一緒に夜を過ごすなんて本当に何年ぶりだろうか。私たちは幼馴染である前に男女であるということを、両親も、シュンも、忘れてしまったのかもしれない。


「なんか、ナツノらしくないね」
「え、な、何が?」
「緊張してるでしょ、わかりやすい」


お互い布団に入って、電気は消した。後は寝るだけだというのに、シュンが珍しく自分から話しかけてくる。
緊張、そうかもしれない。シュンにはなんでもお見通しというわけか。


「緊張っていうか……久しぶりだし、シュンとこんな風に泊まったりするなんてさ」
「別に変なことじゃないでしょ、幼馴染なんだし」
「突然だから驚いたんだよ。それに、人と夜を過ごすことなんて、家族以外にそうそうない」


高校生になってから、そんなこと、一度もなかったかもしれない。夜は長い。


「でもナツノは、よく男の家に泊まったりするんじゃないの?」
「なにそれ、言い方悪いなあー」
「本当のことだろ」
「泊まりはさすがにないよー、家に遊びに行くことはあるけど……」


歴代彼氏の顔がずらっと並ぶ。6人も7人もいれば、さすがに序盤の人の顔は薄れてしまっているけれど。我ながら最低だ。

大抵の男の子は、親がいない時間を狙って女の子を家に招く。理由はひとつしかないのだけれど、それをわからないふりするのが暗黙の了解というやつだ。

そういう行為を、私はどこかで「バカだなあ」と、冷めた気持ちで受け止める。なんの意味もなく、生産性もなく、リスクをこちら側に放り投げて、自分たちの快楽を満たすだけの行為だ。好きだと言葉にして、それが愛情なんだと言い訳をつくっているだけのくせに。

バカな世の中に生まれてしまったと、いつも思う。


「気をつけなよ、危ない奴もいるんだし。来る者拒まずにも限度がある」
「はは、大丈夫だよ」
「ナツノのそういうところを心配してるんだけど」
「うん、ありがとね、シュン」


心配、か。
傷つかなければいいだけ、それはこちらに気持ちがなければ簡単なこと。


「そーいうとこだよ、女の子の友達できない理由」
「はは、そーかも。でも、友達いなくても知り合いはたくさんいるよ? シュンよりはー」
「うるさい」
「昔っから人見知りで人嫌いなんだから」
「別に、人全般を嫌ってるわけじゃないけど」
「じゃあなんですぐ人と距離をとるのよー」
「別に、必要ないから。それだけ」
「へんなの」
「ナツノだってへんだろ」
「えー、そうかな」
「ナツノに寄ってくる男も、大概モノ好きだけど」
「ヒド、そこまで言わなくていいじゃん!」
「好きになってもらえないのに好意を与えるって、結構しんどいと思うけどね」
「何それ、わたしが誰のことも好きじゃないみたいじゃん」
「じゃあ好きなの?」
「……嫌いじゃない」
「今後好きになる可能性もないのにね」
「そんなの、わかんないじゃん」


まるで私が誰のことも好きにならないような言い草だ。全部わかっているような口を聞く、シュンのことが時々こわい。だって、私も、同じ事を考えている。誰のこともすきじゃない。好きになれるかも知れない、なんて思ったこともない。むしろ、きっとこの先もずっと、誰かに好意を抱くなんてこと、ないんじゃないかって。

でもだからこそ、こんな私を見ると、いつだって自分から寄ってきた彼らは、おのずと自ら身を引いていく。


「今の彼氏はどうなの」
「ああ、スミくん?」
「うん」


どうなの、って聞かれても、答えることができない。スミくんのことについて、知っていることってなんだっけ。サッカー部で、すごく上手だってこと。人付き合いがうまくて、容姿が群を抜いて整っていること。そのほかは、何か、あったっけ。好きな食べ物も、音楽も、趣味も、聞いたような、聞いてないような。忘れてしまった。


「うん、どうだろ、普通だよ」
「なんだそれ、へんな回答」
「だって、別に言うことなんてないし」
「どんな奴か、とかないの」
「やさしい人なんじゃないかな、明るくて、顔もかっこいいし」
「薄い答えだな。そんなのスミのこと見ればわかるよ。性格だよ、何が好きとか、何が嫌いとか、ここが好きとか、さ」


何が好きなんだろう。何が嫌いなんだろう。スミくんと付き合ってそんなに日は経っていないし、話した回数だって多くない。だから知らないのなんて当たり前といえば当たり前なんだけれど、彼氏と呼ばれる存在に対して、さすがに興味がなさすぎるかもしれない。

いざこうして聞かれてみると、彼のことを何も知らないどころか、知りたいという気持ちさえなかったことに気がついた。


「やさしいひと、だよ」
「それはさっき聞いたよ」
「シュンのことを言っても、怒らなかった」
「春まつりのこと?」
「今日、誘われてたけど、シュンの誕生日だからって断っても、何も言わなかった」
「心広いね」
「そうだよね、私もそう思う」


高校1年と2年で、先輩後輩関わらず相当の人数と関係を持った。それは彼氏という名前がついていたり、いなかったり、もうあまり覚えていない。同じ学校の人もいれば、他校の人もいて、自分でもどうしてこんなに軽薄に関係が持てるのだろうと不思議に思うほどだ。もちろろん、その中の誰のことも好きではなかった(そもそも、私は口に出せるような感情はすべて自己陶酔からでるものだと思っている)。そんな私のことを、外野はいい噂をするわけもなく、評判だってきっとすこぶる悪い。高校生活2年間で、私の周りからは段々都費とが消えていった。人当たりはいいし、誰かを傷つけているわけじゃないのにね。

そんなものだから、スミくんのことは少しよくわからない。よくもまだあんなに純粋に好意を向けてくるものだなあと逆に感心してしまう。スミくんの笑顔には嘘がない。

嘘だらけの自分だからこそ、人の嘘に敏感だったりするの。


「モノ好きなのかもね、さっきシュンが言ったみたいに」
「根に持ってる?」
「あたりまえでしょ、バーカ」
「でも、俺はいいと思うよ」
「何が?」
「スミのこと。いい奴だと思う」
「なにそれ、シュンなんてスミくんと殆ど話したことないくせに」
「でも、そういうのって、なんとなくわかったりする」
「シュンの感覚でしょ」
「感覚は大事にした方がいい」
「うっ、シュンにそう言われたらそんな気がしてきちゃうけど」
「うん、多分ね」


そっか、いい奴、か。
わたしがスミくんのことを好きになって、スミくんが変わらずわたしを好きでいてくれたら、色んなことがうまくいって、もっとまるく、やさしく、なるのかもしれないよね。
だけどシュン、きみをおいていくことは、私にはどうしたって、出来ないことだよ。