そうだ。私は、仕方なくあの家にいた。


 だから、決して、あそこが自分の家だとは思っていない。


 とても簡単な言葉だ。
 それなのに、私はそれを口にできなかった。


「大丈夫。アイツには帰ってもらったから」


 大きな闇が、僅かに縮む。私は……この人といる空間に安心感を覚えていたらしい。


「じゃあ、一緒に帰ってくれるかな?」


 私は黙って頷く。
 そしてあの日のように、私は手を引かれる。


「……神様は不公平だ」
「どうした?」


 私のこぼした言葉に、君は振り向く。


「神様って平等じゃないのね。私ばっかり不幸になる。あの女も、不幸になればいいのに」


 憎しみがこもった声だと、自分でもわかった。


 その人は立ち止まり、私と向き合う。
 真剣な表情に、思わず立ちすくんでしまう。


「他人の不幸は願うものじゃないよ」


 嫌われた。
 なぜか緩んでいた手から、私は逃げる。


 一歩、また一歩と後ずさる。


「ごめん……な、さい……私を……嫌わない、で……」


 自分の言葉だとは思わなかった。
 私は後ずさるのをやめ、両手で口を塞ぐ。


 そして踵を返し、走り出した。


「……ハル!」


 あの人が咄嗟に呼んだであろうその名は、私の名前ではなかった。