アキは戸惑いながらもペンを走らせる。


「ヒナ。読めるよな?」


 アキが書いた紙が私に向けられる。


『前川陽菜』


 これがハルの名前らしい。


 嘘だと思った。
 私は素直にそれを読む。


「まえかわ……ひな」


 すると、アキが呆然とした。
 そんなアキをよそに、リクは冷静に話を続ける。


「そう。これは、ヒナの名前だ」
「ちょっと待って。どういうこと。これはハルさんの名前のはず」


 理解が追い付かなくなったからか、アキは若干怒っているようだった。


「逆だったんだよ。人格を乗っ取ったのは。ヒナって呼ばれたくなかったハルが、それをハルナと読んでいただけ」


 もう、リクが何を言っているのかわからなかった。
 さっきまでは信じられなかったけれど、事実を言っているに過ぎないということで、なんとか理解できた。


 だけど、今回は違う。


「じゃあ何?津村は私たちに嘘をついたってこと?何のために」
「ヒナを守るために」


 その言葉に嘘はなかった。
 リクは真剣な顔をしている。


「ヒナを守る?消えることが、ヒナを守ることになるっていうの?」


 アキの言葉を聞き流したのか、リクはゆっくりと深呼吸をする。
 その態度が気に食わないアキはまたさらに怒りの言葉を重ねようとするが、あの人が止める。


「ヒナ。真実を知る覚悟はあるか?」
「え……」
「今から話すことは間違いなくヒナにとってつらいことだ。それでも、聞くか?」