その人はそれでも俯き、教えてくれない。


「教えないことは優しさじゃない。ただの甘やかし」
「そうは言うけど……」


 二人だけで話が進む。私には何も聞いてこない。


「ねえ……教えて」


 その間に割って入るのにはそれなりの勇気がいった。
 元恋人同士なはずなのに、二人はそれ以上の仲があると思った。


「君は……一か月前……急にハルの体を乗っ取ったんだ」


 その人は俯いた状態で、震えた声で言った。


 言っている意味がわからなかった。
 もしその言葉を信じたとしても、納得できない。


 一か月前にこの体を乗っ取ったなら、それ以前の記憶はないはず。
 だけど、私には確かに昔の記憶がある。


 しかし、よく考えてみると、その記憶も断片的にしかない。


 つまり、その人の言っていることが本当だとすると、私は何度かこの体を乗っ取っていたということになる。


 ますます自分が何なのかわからなくなった。


「君、ハルじゃないって言ったよね?てことは、名前があるの?」


 私が混乱している中で、その人は質問してきた。


「……ヒナ」
「あんたはお兄ちゃんの彼女と別人ってことでいい?」


 私が名前を言い終えると同時に、アキが聞いてきた。


「……お兄ちゃん?彼女……?私が?」
「そう。私たちは正真正銘の兄妹。で、彼女なのはあんたじゃなくて、ハルさん」