もはや感情のコントロールなどできなかった。


 私の頬には静かに涙の跡ができる。


「わからないの……自分の記憶……おかしなことしかない……ねえ、あなたたちは知ってるの……?私が……何を忘れてるのか……」


 すると、あの人のぬくもりに包まれた。
 アキと呼ばれた女は呆れたと言わんばかりにため息をつく。


「とりあえず、帰ろう。僕たちの家に」


 私から離れたその人は優しく笑いかけ、手を差し伸べてくれる。
 だけど、私はその手を取ることができなかった。


 私たちはまるで通夜でもしているかのような雰囲気で、あの人の家に向かった。


 家に着いても、沈黙は続いた。


 私はこの人がいることに、知らず知らずのうちに安心感を覚えていたはずなのに、今はこの人がいることが少し怖かった。


 それだけじゃない。自分が何なのかがわからなくなった今、すべてに対して恐怖心があった。


「……あなたは、私のことを知ってるの?」


 ずっと黙っていても仕方ないと思って、私はあの人に尋ねた。


「……うん」


 私に気を使ったような言い方だった。


「はっきり教えてあげたら?」


 食卓でスマホの操作をしていたアキが冷たく言った。
 どうやら、アキも私を知っているらしい。