ざわざわとした喧騒は耳に届いているのに、頭の中は真っ白になってしまいそうだった。


無意識のうちにスクールバッグの持ち手をぎゅっと握っていて、その手は微かに震えている。


どうするか決めていないのに思わず踵を返し、とにかくその場から離れようとしたけど……。


図ったようなタイミングで予鈴が鳴り響き、聞き慣れたその音にハッとした。


顔を上げると廊下にいた生徒たちが教室に入っていく姿が視界に入り、私ひとりだけが反対を向いていることに気づいた。


きっと、このまま逃げることはできる。


帰らなかったとしても、保健室にでも行って休ませてもらえばいい。


だけど……。


『ほんの少しでも変わりたいって気持ちがあるなら、千帆は変われるよ』


逃げ道を探し始めていた私の脳裏に過ったのは、昨夜のクロの言葉。


柔らかな笑みで紡がれたそれには、そっと背中を押すように、優しく見守ってあげると言うように、温もりが込められていたことを思い出す。


こんな私のことを信じていると言わんばかりに笑っていた彼の顔が浮かんだ今、このまま歩き出すと後悔するような気がして……。


ゆっくりと深呼吸をしたあと、再び体の向きを変えて足を踏み出し、目の前の教室に入った。