「掴めそうなんだけどな」


今日の満月はくっきりとしていて大きくて、ぽつりと呟いた言葉が消えるよりも先に思わず空に手を伸ばしていた。


クロのお願いは、満月の夜に叶った。


だから、私も満月の夜には奇跡が起こるような気がして何度も願ってみるけど、今日もそんな夢みたいなことは叶わない。


「十年……ううん、五十年先でもいい。せめて、生きてる間に会えないかな」


心の中だけで紡いだはずの言葉は声に出てしまっていて、それに気づいた途端に苦笑した。


私は、大丈夫。……だって、ちゃんと笑えているから。


こうして笑っていられるのはクロとツキのおかげで、傷ついた痛みを知っている彼が私にしてくれたように、私も誰かの傷を癒やしたい。


だから、心理カウンセラーという道を選んだ。


まだ夢の途中だけど、どんなことがあっても前を向いて真っ直ぐに進んでいけるように頑張りたい。


そうでなければ、クロに会わせる顔がないから。


「心配しないでね」


今度はちゃんと意識して声に出し、満月に笑みを向けてから踵を返した。


その瞬間、息が止まりそうになった。


チリン、と鈴の音が響く。


「ただいま、千帆」


夏の満月の下、柔らかい声音が鼓膜をそっとくすぐり、見開いた瞳の中で黒目がちの瞳の青年が優しい笑みを浮かべた──。





END.