クロが話し始めてから初めて“俺は”と口にしたその意味を察し、心の中を占める不安がより大きくなる。


そんな私に手を伸ばした彼が、頬に優しく触れた。


「千帆からたくさんの幸せをもらった。だから、どんな手を使ってでも、千帆の背中を押す力を手に入れたかったんだ」


左頬に感じる体温に抱いていた決意が崩され、瞳の奥から込み上げた熱を抑える暇もないまま零してしまう。


「だから、毎晩のように祈った。千帆のためになにができるのかはわからなかったけど、せめて言葉が話せるようになりたい、って。そのためならどんなことでもする、って決めて……」


ポロリと頬を伝った雫はクロの手を濡らし、音もなくスッと落ちていった。


彼は、穏やかに微笑んでいる。


まるで、すべての覚悟を決めている、とでも言うように。


それを感じた私からまた涙が溢れ、ポタポタと流れていく。


「七月の満月まで、人間の姿になれる。それと引き換えに、猫として生きるはずだった命を使い、あとの運命は預ける。……六月の満月の夜に、神様とそういう約束を交わしたんだ」


「神様なんて信じられないだろ?」と笑ったクロに否定も肯定もできなかったけど、止まらない涙がどんな言葉よりも雄弁に“信じている”と物語っていた。