「外の世界をよく知らなかった猫は、突然放り出された場所から動くことができなくて、段ボールに入れられた少しの餌と水で数日間飢えをしのいだ。だけど、そのうち空腹に耐えられなくなって、勇気を出して段ボールから出たんだ」


聞きたいのは、クロのこと。


それなのに、この話の続きが気になって、時計を気にしながらも口を挟めない。


その理由はさっき浮かんだ可能性を消すことができないからで、バカげていると思うのに握ったままの両方の手のひらが汗ばんでいくのがわかった。


「猫にとって外の世界は新鮮なことばかりで、不安だったけど好奇心も湧いた。でも、外には敵も多くて、それまでの平穏な生活とは一変してしまった」


不安を感じたのは、その猫のことを案じる気持ちがあったから。


私には関係のない話だと思っていたのに、心の片隅ではそうではないような気がしていることには気づいていた。


「悪戯をしたり追いかけ回してくる人間もいれば、カラスや他の猫に襲われることもあった。毎日傷が増えていき、段ボールから出るのが怖くなった。時々気まぐれに餌をくれる人間もいたけど、傷だらけの姿を見ても差し伸べてくれる手はひとつもなかった」


戸惑い続ける私を余所に、彼がため息混じりに瞳を閉じた。