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「なにから話そうかな」


そう零したクロは、傍に立っている時計を気にしながらも最初の言葉を見つけられないのか、とても悩んでいるように見えた。


「なんでもいいよ。全部話してくれるなら」


それはわかっていたけど、刻一刻と進み続ける時間に焦って一秒でも惜しいことを暗に告げると、彼がゆっくりと小さく頷いた。


「そうだな。それじゃあ、まずは……」


意を決したような瞳が、これからなにを語るのか。


それを聞いてなにが変わり、そしてなにを思うのか。


今はまだなにもわからなかったけど、語られるのがどんなことでもしっかりと向き合いたいと思った時、クロがそっと息を吐いた。


「一匹の猫の話をしようか」


「え?」


“猫”と聞いて浮かんだのはツキのことだったけど、彼にはツキのことを語るほどの接点はないから頭の中でありえないこととして処理し、次の言葉を待った。


「その猫は、まだ子どもだった頃にごく普通の老夫婦が住む家の庭に迷い込み、ふたりに拾われた。とても優しい夫婦で、猫はふたりとの慎ましい暮らしの中で穏やかで幸せな日々を過ごしていた」


まるで思い出を語るように瞳を細めたクロが、なぜこんな話をするのかがわからなくて戸惑った。