「もう、こんな時間だったんだな。そろそろ帰ろう」


「え?」


続けて『もう?』と言いそうになったことに気づき、慌てて言葉を飲み込んだ。


その二文字がどういう意味を指すのかは明白で、無意識にそんなことを口にしようとしていた自分自身に恥ずかしさが芽生え、言わずに済んでよかったと安堵した。


「今日も送ってあげられないけど」


「近くだから平気だって、毎回言ってるでしょ。塾の日はいつもこのくらいの時間に帰ってるんだから」


塾の日は授業のあとに自習室で勉強をすることが多かったけど、クロと会うようになってからは自習をせずに帰るようになったから、この時間ならいつもとほとんど変わらない。


「ん。気をつけて帰れよ」


以前その話はちゃんとしているのに、彼は毎回同じ台詞を口するしそれを聞く私も悪い気はしないから、このやり取りはずっと続くような気がしていた。


「おやすみ、千帆」


「うん」


短く返した私に破顔したクロを見て、ふと昼間のことを思い出す。


もしも、短冊をもうひとつ書くことになったとしたら……。


私は、もしかしたら『クロともう少しだけ一緒に過ごせますように』と綴り、彼との“さよなら”までの時間を願ってしまうのではないかと思った──。